ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。不定期更新です。

つまらない一日

昨夜は嫁さんがワクチンを接種した関係で春ちゃん(息子)ごと嫁さんの実家に泊めていただいた。もし嫁さんに副反応が出た場合に春ちゃんの面倒を見てもらうためだ。

夜ご飯はすき焼きをご馳走になった。大変おいしかった。ご飯を食べてる途中、一応言っておいた方がいいかなという体で、しかしその割に意気揚々とかつ鼻息荒く、はてなインターネット文学賞を受賞したことを嫁さんの両親に伝えた。
「へぇー、良かったじゃない」
ビールの2、3本は入っていたが、まだそれなりに確かな状況把握能力で感じ取った限りでは、ほぼその一言だけが聞こえて次の話題に移った。体感で5秒もたなかった。シビれるほどスムーズかつスピーディーに、僕のここ数年で一番の名誉は流されてしまった。

もちろんほめられるために書いているわけではないが、もうちょっとこう「ええっ!?すごいやん!」みたいなのが欲しかった。

しかし流されてしまったものはどうしようもない。嫁さんが「いや1400ぐらいの作品の中から…」と一矢報いようとしたが、春ちゃんに流れてしまった話題は修正されなかった。

僕も、まだもう一度ぐらい話題を取り返せるかもしれないと思って実弾を投入した。すなわち、賞を頂いた「2021年2月3日」をプリントアウトしたものを「一応書いたのはこんな感じなんですけど…」と語調は平身低頭に、しかし水戸黄門が印籠を見せつけるかのような態度ですき焼きの場に持ち込んだ。
お義父さんが春ちゃんの邪魔を受けながらも読んでくれて「おぉ、これは実況中継や!」と言った。そしてその後、話題が僕の受賞に触れられることは二度と無かった。
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僕はなんでもない風を装いつつ、しかしやっぱりちょっとショックでビールを煽り散らかした。僕がこれまでの人生で何をしようとしてきたかを知らない嫁さんのご両親に受賞の喜びを理解してくれというのは無理があるのはわかっているが、もうちょっとこう、「ええっ!?すごいやん!!」みたいなのが欲しかった。
嫁さんも「もうちょっとほめたってもええんちゃうん?」みたいな顔をずっとしていた。賞を頂いたことでようやく、高校の非常勤の裏でこんなことやってます、てのを言えると思ったんだけどなあ。
まあ、こんなもんか。

あとはあまり何をしゃべったのか覚えていない。春ちゃんをお風呂に入れて10時か11時に寝た。

朝は6時半ぐらいに起きて朝ごはんを頂き、学校に向かった。7限授業の日。今は中間考査前で最高に嫌な気分がしている。テストを作るのが嫌だし、丸付けするのも嫌だし、返却するのも嫌だ。無駄だ。無駄の極みのような作業だ。こちらで穴を掘って、あちらに埋めさせるのだ。それで、結局何でも無かった、ということになる。馬鹿みたいな作業を皆でやっている。

1限目のクラスはテスト範囲が終わっていたので自習のかたわら僕が世界で一番愛している映画『耳をすませば』を暇な人は見ればいいと言って見せた。ちらほら見ているものもいたが、大方は机とにらめっこして勉強してた。「勉強するのがそんなにえらいわけ!?」雫ちゃんがお姉さんに吐き捨てたセリフをよくよく聞かせたかった。映画見る方が面白いのに、なんで皆勉強するのかよく分からなかった。『耳をすませば』は僕の授業の2億倍多くのことを教えてくれる。テスト勉強の1兆倍多くのことを教えてくれる。「勉強しすぎるとアホになるぞ!」うちの父の言葉も合わせて聞かせてあげたかった。

2限目は3年世界史。コロナの影響で行事が何もかも中止になった学年だ。目が死んでいる。この世に楽しいことなど一つも無いんだ、皆そう思っているように見える。何もかも消滅して残っているイベントが受験だけならそんな目にもなろう。
授業はナポレオンの話。トラファルガーの海戦の場面でネルソンの話をするのが好きだ。かわいい顔した提督なのに常に最前線に出るスタイルも好きだし、トラファルガーで亡くなったネルソンの遺体をイギリスに持ち帰るためラム酒漬けにしたそのラム酒を「英雄の血にあやかるんだ」とイギリスに帰る前に水兵が皆飲み干してしまう話もめちゃくちゃ好きだ。お前それただ飲みたかっただけやないか。
生徒は話を聞くもの、寝ているもの、システム英単語を必死になって覚えているもの、皆それぞれだ。君、10月前の段階でそんなにきれいなシス単持ってちゃまずいんじゃないか。ふせんを貼って見栄えを良くして「やった気」になるという、一番まずいパターンに陥っているんじゃないか。その手垢のついてないきれいなシス単では海を渡ることはできない。

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僕が高校時代使ってたシス単。ふせんはその単語を覚えているかどうかには関わりがない。

3、4、5限は空き時間。帰らせて欲しいと思いながら参考書を引っ掻き回してテストを作る。4限の途中でエネルギーが枯渇したので、社会科準備室に眠りに行った。机を並べ、その上で1時間ほど寝た。外では運動場で体育の授業が行われていて、生徒が牛や馬のように走らされていた。
テストは5限終わりにそれなりの形になったが何かスッキリとしない。こんなことをあと何度繰り返さねばならないのかと思いながら6限の授業へ向かった。

6限はまた自習で『耳をすませば』を見せる。そのクラスは一番時間が余っていたので3回に分け最後まで見せることができた。今度は割と多くの生徒が見ていた。「雫、大好きだ!」ラストシーンと共に立って拍手をした。スタンディングオベーションが巻き起こるかと思いきや、拍手をしたのは僕と2、3人の生徒だけだった。こんな熱い映画をしっかり見ておきながら随分クールなものだ。きっとコロナの影響だろう。
エンディングの最中に少しだけ僕なりの映画の解説をした。特にラスト近く、雫ちゃんが洞窟に迷い込み、バロンに急かされながら本物の宝石を探し出すシーンの解説をした。
あれは雫ちゃんがおじいさんの言う原石を自らの中に潜り込んで探し出そうとする場面で、やっと見つかったと思った光り輝く本物の原石(雫ちゃんにとっては物語を書くということ)は未成熟なまま亡くなってしまった鳥の赤ちゃんに変化してしまう。つまり雫ちゃんにとっては書くことこそが自らの原石だと信じていたのに、その原石は(聖司くんに比べ)あまりに未熟で本物になりきれない中途半端なもので、物語を書く中で心が折れてしまった(亡くなってしまった鳥の赤ちゃん)ことを表している。というような話をした。
あとは監督の近藤さんと宮崎駿の確執、それについて宮崎駿が後悔していたことなどを話した。

7限、2年の世界史。ビスマルクの話。普墺戦争でドライゼ銃をプロイセン側が投入してオーストリアに圧勝したがドライゼは何が新しかったのかとJOJO好きでエヴァンゲリオン好きの、多分FPSのゲームも好きそうな生徒にたずねた。僕はエヴァファンとJOJOファンは手帳に印をつけ、わかるようにしている。時折授業の中でJOJOを交えて説明することがあるのだが、その際に僕一人で盛り上がっても仕方がないのでJOJOファンの者は手をあげなさいとクラスに呼びかける。が、JOJOファンは大体己がマイノリティであることを自覚しているので手をあげるなどという間抜けな真似はしない。この時生徒の大半は僕と目を合わせないか、うつむいているか、焦点の合わない目で中空を眺めている。その中にあってソワソワして、我慢出来ずそっと顔を上げ、僕と目を合わせるもの、それこそがJOJOフリークの何よりの証だ。僕は手帳の中からその生徒の名を探し出し、名前の隣にそっと「J」と書き入れる。それからその生徒に何部が好きかとたずねる。4部好きなら僕と感性がピタリと合った証拠だ。君には世界史の単位を今すぐあげよう、と言ってあげたくなる。また、僕は定期考査の際にノートを提出させるのだが、いじらしくもそのノートでJOJOファンを自己申告してくる者もいる。JOJOは禁教であるわけでもなし、何もコソコソすることではないのに。
ところで先の生徒にした質問の正解は、弾の装填を後ろからできるようになった、であるがその生徒はマガジンで弾の入れ替えができるようになった、と答えた。当たらずとも遠からず。さすがJOJOエヴァの両刀使いだ、いいセンスをしている。

7限終了後少しテストの手直しをした。この期間中テストに意識を囚われ続けるのが何より嫌だ。こんな無駄なことしてないで漫画を書きたいと心底思った。こんなクソつまらんことにテンションを割いている暇はどこにもない。

17時ごろ校門を出てコンビニで500mlのビールを買った。ファミマ限定のサッポロから出ているビールで、「至福のコク」というビール。夏前に出たものは「至福の香り」だった。去年は確か「至福の苦味」という名で、たまたま買ったところ僕好みの味だったので以来シリーズが出たら買うことにしている。しかし今回のはそれほど美味しいとは思わなかった。めちゃめちゃ苦いのがおいしかったのに、あの苦味がなくなってしまっている。
残念だったのでもう一本チューハイを買って帰った。

嫁さんの実家に戻ると、お義母さんからほんの少し僕の文章をほめてもらえた。

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もっとガンガンに苦い方が好き。