ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。

『ぼくたちは習慣で、できている』を読んで

この夏、一応仕事ということで上海に行ったが、退屈な飛行機の時間を何とかしなければならないと、出発前にちょっと本屋へ立ち寄った。
『ぼくたちは習慣で、できている』という本のタイトルを見かけた時、自分と同じようなことを考える人もいたものだ、と思った。普段自己啓発みたいな本は全く読まないので、その時は手に取らずに他のめぼしい本を探しにいったのだが、なかなか僕の琴線に触れる本が見つからず、グルグル本屋を回っているうちに出発までの時間も迫ってきて、やむを得ず、内容をほとんど確認しないまま唯一僕の目に留まった先の本を買うことにした。

内容を見て、似ている、と思った。僕はその本の著者の方ほどストイックではないが、読んでいる本も、考えていることも、個人の日記をつけているところも似ている(つけ方はほぼ真逆だが)。中学の時バスケ部だったことも、そういえば少し文体も似ている気がする。読んでいてなんだか妙な気分になった。

それでまあ、まるで自分がその本を書いたみたいな気分になってスラスラと上海に着く前に一気に読み切ってしまった。

その本の中に何か一つでいい、良いなと思うところがあれば、それで僕は十分その本を買う価値があったと思える。世の中にある本のほとんどは自分にとって何でも無いからだ。読んでいる最中に投げ捨てたくなることも、燃やしてしまいたくなることもしばしばだ。

『ぼくたちは習慣で、できている』にはその良いなと思えるところが多分にあった。
特に「週1回走る」より「毎日走る」方が簡単だという文章を読んだとき、目からウロコが落ちるようだった。確かに僕は週1の方が毎日より簡単だと思っていたのだ。

「毎日」には迷いがない、その通りだ。毎日なんだから「今日は特別」ということが無い。すなわち言い訳も無い。
少しでいい、一回でいい、一行でいい、毎日やる方が楽だ。選択肢は無い方が楽なのだ。

この本を読んで以来1カ月、毎日やっている。腕立てとスクワットと何かを書くことを毎日やっている。調子よくいくこともあれば、本当に一回で、一行で終わることもある。だけどそれでもいいのだ。やった、と思えるから。一日に、自分に納得できるから。今はまだ一カ月、だけどこれらのことは、これからもずっと続くのだ。


毎日やりながら禅坊主だったじいちゃんや、そのじいちゃんのもと幼き日に厳しくしつけられた親父のことを思った。じいちゃんや親父も毎日だっただろう。毎日己を律していただろう。

僕は美しい人よりも、美しくあろうと己を律し続ける人を美しいと思う。自分もそうありたいと思う。

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これから死ぬまで、毎日だ。この本を読んでそれを思った。

ダイエット

当たり前の話かもしれないがダイエットというものは、目標体重に到達してからが始まりなのだな。だってその体重を、その体型を維持しなければならない。それが始まりで終わりはないのだ。自分の肉体を維持しようとする限り永遠に終わりはない。

ダイエットが一生のものだと考えたとき、なんだかそれは「ダイエット」という言葉では物足りない気がする。それはあたかも修行のようだ。まるで禅坊主にでもなったようじゃないか。

さあ、今日も修行をしよう。修行が習慣となるまで。意識の底に埋もれてしまうまで。

神戸「西」ブルベ200km(実質360km)日記~走行編~

昨日は台風の影響で停電するわ断水するわ、大変でした。本当は昨日更新したかったんですが。
以下、一昨日の日記の続きです。




まずスタート地点に到着して、参加している人たちの格好および自転車にびっくりした。
僕の想像では、格好も自転車も適当な感じであまりお金もかけてないような人(すなわち自分のような人)が多数参加しているものだと思っていた。
ところが、どうであろう。
僕みたいに上は普通のジャージ、下は半パン+タイツなんて格好した人はほとんどいない。
皆ガチガチのサイクルジャージにレーパンを着用し、自転車もすげえフレームにすげえホイールが目白押し。中にはディープリムの方もちらほら居たり。


おいおい、まるでこれじゃレースじゃないか。

そうやって参加者の方の装備に目を白黒させているとブリーフィングが始まった。
ブリーフィングではコースの注意点や、コマ図の修正箇所など割と細々としたことまで説明が入った。
参加者の方はていねいにメモを取ってる方もいれば、眠そうにぼーっと話を聞いてる人も。
ちなみに僕は完全に後者だった。この行動が後々自分の首をしめることになる。
その後車検。
規程の装備がきちんと備え付けられているかチェックされる。
少し緊張したけど何の問題もなくパスできた。
車検が終わったら適当にスタートしてください、という感じだったので、そのまま出発。
8時直前だったと思う。

バラバラと出発してからは信号の関係で5、6人程度の集団になった。集団になってから先頭交代とかしないといけないのかな、と気になったが、全然そんなことはなく、前はずっと同じ人が引いていて40km/h弱のペースで延々と巡航し続ける。
前を引く人にとっては恐らくそれが最適なペースなのだろう。つくなら後ろついてもいいよ的オーラが背中からバンバン出ていた。世の中には化け物がいるものだ。
大体20kmその人がひきっぱなしで金魚の糞をさせてもらっていたのだが、そうしているうちに前の集団をドンドン吸収してしまい、気が付くと20人程の集団になってしまっていた。
この辺で、「あ、あれ?このまま前の人に引いてもらってたらブルベに参加した意味ないじゃん」とはたと気付く。

「昨日寝てないし、もうちょっといいんじゃないの?これから先まだまだ長いぜ。な?皆も金魚の糞やってんじゃん。気にすることないって」
という悪魔的な自分の誘惑に負けそうになりながらも、集団の最後尾まで下がってそのままそっと集団を離れた。
集団は結構なスピードで前へ離れていく。途端に激しくなる空気抵抗。

ぐはっ!やっぱ集団の中に居ときゃよかった!!

でも、もう到底前には追いつけないし、後悔しても遅いので風と仲良くしながらゆっくり走ることにする。

34,2km、通過チェックポイントのローソン姫路飾東豊国店。
ここは有人チェックではなく、レシートチェックなので何か買い物をしなくてはならない。
到着すると前の大集団の人達がまだ一息ついていた。
すき家で牛丼を食べてから何も食べてないし、出発前にドリンクも買ってなかったので、ここでカレーパンとアクエリアス2本、さらにレッドブル1本を購入して早速飲む。
そして休憩がてらチェックポイントの様子を写真に収めた。
ちなみにこれ以降、ゴールまで一枚も写真は撮っていない。
その精神的ゆとりがなくなったのだ。

このあたりもなんだか妙なもので、自分ひとりで走っているのならタイムもクソも無いけど、他に同じコースを走っている人がいると考えてしまうだけで、また実際走っている人を見てしまうだけで競争原理が働いてタイムが気になってしまう。
なるべく早くゴールしたいと思ってしまう。
もっとも、この時は寝不足の疲れが如実に表れ始めていたことも、早くゴールしたいと思う原因であったかもしれないが。

一息ついたところでチェックポイントを出発。
出発した時は4人程の集団で走っていたおり、僕は前から2番目を走っていた。
34,7km、播但連絡道に沿うように右折しなければならない。
が、僕の前を行く人はそのまま真っ直ぐ行ってしまった。
あれ?と思って、止まってコンピューターと地図を見る。コンピューターの距離は誤差が少し出て34,6kmとなっていたが間違いなくここだ。
直進してしまった前の人も、後ろから僕のやかましいラチェット音が聞こえなくなったことに異変を感じたのかすぐに引き返してきた。
以降第2チェックまでずっと播但連絡道沿いを走り続ける。
初め4人だったその集団も1人離れ2人離れ、気が付くと一人になっていた。
途中、このブルベに参加している女性二人が道の脇でパンクを修理しているのを見かける。
割と本気で走ってらっしゃる方のようで、慣れた手つきで直していた。
本気の格好をした女性のロードレーサーにかわいい人はいない、というのはこの間の大阪サイクルイベントでも皆さん口にした仮説であるが、この時も例に漏れず。

ちなみに僕はロードバイクを買ってから一度もパンクしたことがない。
結構な段差から落ちてしまったり、でっかい石ころやガラスを踏んだこともあったがパンクしなかった。
一応週に一度、必ず空気を入れるようにはしているが、これまでパンクを回避できてきたのはタイヤの耐パンク性能に助けられたからではないかとも思う。
タイヤはコンチネンタルのグランプリ4000Sを使っている。
ミシュランPRO3と人気を二分するタイヤであるが、噂に違わぬ耐久性、耐パンク性能で5000km走った今もまだまだ使えそうである。激しい使い方をしなければ10000kmもつと言われている。乗り味が硬いと言われるが、入力がダイレクトに反映される感じは個人的には好きだ。
値段も張るが、その価値はあると思う。

60,7km、第2チェック、ローソン神崎南インター店。
確か山の途中にあるローソンだった。時間は10時台後半だったような気がする。
ここは有人チェックで第1チェックのレシートを見せる。
多分ここでも何か買ってるはずなんだけど、何も思い出せない。
確かここでブルベ中最初で最後の小便をした気がする。

この第2チェックから先、ほとんど孤立してしまい、おまけにコースからは平坦なところが消え、登るか降るか、あの鋸状の部分が本気を出し始めた。

2チェックも出発してすぐは恐らくちょっとした集団になったのだと思う。
途中からの記憶がぼんやりとある。
2チェックからしばらくはとにかく細かい登り降りが極めて多くて、僕はこういう小さなジグザグの地形の処理にあまり慣れてないので、すぐに集団からは離されてしまった。
そして離されてしばらく、前にも後ろにも誰の姿も確認できなくなったところで、明らかにそれと分かる本格的な登りが始まった。

まだ100km以上あるんだし、無理しないで、ゆっくり登ろう。

ギアをインナーに落として時折ダンシングを織り交ぜながらボチボチと登る。
しばらく登っていると、前からブルベ参加者がドンドン降ってくるようになった。
お、おおぅ…皆やっぱり山はきついんだなあ。

ブルベ開始直後集団の中にいたタンデム(二人乗り)のカップルの方もこの山で捕まえた。
尚も登り続けていると、明らかに山を降りてくる参加者の姿が。
ん?何かトラブルだろうか?
よく見ると確か、5,6人のチームで走っていた人だ。
特徴的なディープリムからすぐに分かった。
一人だけ降りてきてどうしたのだろう?
その人はずっと下まで降りてしまったので、気にしないで登り続けていると…
下から超スピードで今降りたばかりのその人が登って来た。

え…ちょっ、もしかして山おかわりっすかwww

世の中すげえ変態がいるもんだ。

感心しながらマイペースで登っているとトンネルが出てきた(あやふやな記憶)。
トンネルを抜けると大体下り坂になる。この時もそうだった。
後はもう第3チェックポイントまでずっと下り坂のサービスタイム。
ちなみに下ってる途中さっきの山おかわり君のチームに合流してしまい、悪いから離れようと試みるも信号待ちで必ず合流してしまうという状態になった。
最終的にその人たちは第3チェックの直前で皆まとめてコースとは違う方向へそれてしまった。どこへ向かったのか、しかしその人達とはその後最後まで顔を合わすことはなかった。

第3チェックポイントはローソン西脇上戸田店。
スタートからの距離は92,8km、約半分である。
兄の友人で自転車屋さんのほっしゃんへのメールから到着時間は12時45分ぐらい。
ちなみにほっしゃんへのメールはこれ以降、途絶えてしまう。
精神力もここをピークに、あとは落ちる一方で、はっきりと楽しく感じていたのもここまで。

この第3チェックはレシートチェックだったのでまたまたお買いもの。
今レシートを見返すとレッドブルブラックサンダーと肉まんを購入している。
そう、確かこの日、大阪は良い天気であったそうだが、僕の走るコースは曇りか小雨がぱらつく天気でとても寒かった。
体も冷えたままで、何か温かくてすぐ食べれるものを、という魂胆から肉まんを選択したことを覚えている。しかし肉まんではそう体は暖まらなかった。

第3チェックを出発、篠山方面へ向かう。
ここから第4チェックまでは距離が最も長く、コース的にも一番しんどいところだった。
中途半端に登っては降る、再び中途半端に登っては降る、のエンドレスループ
一気に登って一気に降る、の方がどれだけましだったかわからない。
とにかく第4チェックまでの38km、この登り降りのせいで気付かないうちにひたすら体力を削られ続けた。
おまけに寝不足+疲労+レッドブルのせいでテンションがおかしくなってくる。
変に高揚したり、急に落ち込んだり。
空がまだ明るかったのが救いだった。
途中タンデムのカップルを再び補足する。

そして約120km地点、コマ図に無い分岐点が出てくる。

おいおい、きいてないぜこんなの…
道なりってことだろう、と思うもほとんど三叉路。
もしかして一番初めのブリーフィングでここの説明してたのかも。
左が道なりのような気もするが、怖かったので近くのローソンで尋ねることに。
結果右が正しい道だったと分かり、肝を冷やす。
危うく20km近く道を間違えるところだった。

第4チェックポイント、ローソン篠山安田店。スタートからの距離130,9km。
ここは有人チェック。
第3チェックのレシートを見せようと首から吊り下げてあるレシート入れをもぞもぞしていると、オダックス近畿のスタッフさんは僕のコマ図が気になる様子。

「いや、レシートこっちに入ってるんで」
とレシートを差し出すと、
「ん?いやそうじゃなくてこのコマ図の装備、よく考えてあるなあ、と思って」
お褒めの言葉を頂いた。
しかし、僕は初めてのブルベ参加なので調子に乗るわけにもいかず、
「いやネットで調べて適当に作っただけです」
さらっと流してみた。
まさかその裏で6時間にわたるつまらぬ闘いがあって、そのおかげでロクに睡眠がとれなかったとは、このスタッフの方は夢にも思うまい。

このローソンではチロルチョコを2個買った記憶がある。
僕はチロルチョコチョコボールも中にはキャンディが入ってるタイプのものが好きだ。
昔からナッツが入っているタイプのチョコはどうにも好きになれない。
ちなみに僕の少し後にチェックポイントに入ってきた人はガリガリ君を食べていた。
このクソ寒い中よくそんなもの食えるなあ、とその時は思ったけど、よく考えたら皆ウインドブレーカーをちゃんと着てたし、寒い思いをしてたのは僕だけだったのかも。
そしてこのガリガリ君を食べてた彼とはこれ以降約40km、行程を共にすることになる。

第4チェックを出発してしばらく、今回のブルベルート最高点(標高421m)へ向けての山が出てくる。
135km超えてからのこの山越えはさすがに結構きつかった。
傾斜も十三峠まではいかないけど、そこそこきつい。
体にも結構ガタがきていて、特に膝が急激に痛くなり始めた。
この痛いのなんとかならんかなあ、とぺダリングを色々と変えて試行錯誤してみる。
結果一番力の入る1時のポイントで下ではなく前へ踏み出すと痛みがかなりましだということに気が付いてこれ以降そうやってペダルを回す。
途中三度タンデムのカップルを補足。やっぱり二人だと登りはかなりしんどいのだろうか。
そして星のように降ってくるブルベ参加者。中には歩いて登っている人も。

と、そこへ後ろから僕を追い抜きざまさわやかに
「お疲れ様です!」
の声。

おぉ、さっきのガリガリ君だ!

ついていこうかな、と思ったけど、まだあと60km+80kmあることにげんなりしてマイペースを保持することにした。
それでも、頂上までもうそんなに無かったということもあって、ガリガリ君とはそれほど間が空かなかった。
この山もやっぱりトンネルを越えると下り。

以降第5チェックまではひたすら下った。
途中ガリガリ君を補足し、しばらく一緒に降る。
後ろについてるのに飽きたところで追い抜くと、ガリガリ君はつかず離れずの状態で僕の後を追ってきた。
100km超えてから体はしんどいし、精神的にもつらい、早く帰りたい、ばっかりだったので少しの間でも二人で走ることができたのは救いになった。

ガリガリ君ともつれた状態のまま第5チェックポイント突入。
ここがゴールまでの最後のチェックで有人ではなくレシートチェック。
スタートからの距離154,9km、場所は高平小学校前のさびれたコンビニ。
残ってるレシートから時間は16時25分だったようだ。
スタートから8時間25分。この鋸状のコースを考えると割といいペースじゃないか。

コンビニでの買い物もいい加減飽きたけど何か買わないといけないのでエネルギーを即効吸収できるゼリーを買った。
後から来たガリガリ君、何かすごいものを買ってた記憶があるのだけど、何だったか全く思い出せない。
辺りも暗くなり始めて、雪山で凍死する人じゃないけど、寒い、眠たい症候群がボチボチと体に現れ始めた。

体が痛いのを少しでも治そうと入念にストレッチしている間にガリガリ君は先に出発。
2,3分後に僕も出発。

ここからは信号も多くなったのですぐにガリガリ君を補足。
164,2km、三田駅
あまりぴったりガリガリ君の後ろにつくのはやらしいのでちょっと間を開けて走っていると信号の変わるタイミングでガリガリ君は青色、僕は赤色で止まらざるを得なくなった。
まだガリガリ君の姿は見えているので、とりあえず後を追うことにする。
168.8km、日下部西の交差点。
何の疑問も抱かずガリガリ君の後を追う。
しかし、このあたりからごまかせないぐらい体に疲れが来ていて、平地でガリガリ君についていけなくなる。結果、ガリガリ君の姿を見失う。
後はもうずっと一人。
次のコマ図は177,4km地点、弓の木の三叉路にて左方向直進を指示している。
前のコマ図(日下部西168,8km)からは約9km進んだ地点。

これまでコマ図は正確そのものだったし、サイクルコンピューターの距離も多少誤差があるとは言え、その誤差は1km前後でコマ図が指しているポイントがすぐそこにあるのだということはコンピューターの距離表示を見てれば明白だった。

が、コンピューター表示距離177km地点、弓の木の三叉路が出てこない。
コンピューターの誤差が原因か?
尚も3km進んでみる。
道の分岐そのものが全く出てこない。おかしい、もしや通り過ぎたのか?
迷っているのかどうかもわからないがどうも有馬の方へ来てしまったようだ。
とりあえず、このまま進み続けるのは、タイで「お前は今年一番のラッキーボーイだぜ☆」と言われて浮かれポンチになってしまうよりも、さらにまずい状況であるような気がした(その手口で以前詐欺にあいかけた)

日は沈んで辺りは急速に暗くなり始めている。こんなところで立ち往生は絶対にまずい。
コマ図をもう一度見る。
よく見てみると168,8km、日下部西の交差点のところに僕の字で

「要注意」

と小さく書いてある。


オ…オイ、何を、どう、要注意だと言うのだねチミは!?
詳しく言ってくれないと何もわからんじゃないかっ!?
ぐっ…このっ、ポンチ野郎が!!(涙)

自分に対して言い知れぬ怒りを覚えながらも
とりあえず「要注意」なので戻ってみることにした。

よく考えてみるとコマ図の弓の木の交差点のところで38号線と506号線に分かれるているということは、僕が走ってきて今戻っている15号線はそもそもの選択肢(日下部西からの)が間違っていたということじゃないの?
つーか、確か朝のブリーフィングで終盤に超やばい分岐があるから気を付けてね☆
みたいなこと言ってた気がする…

戻りながら朝のブリーフィングを思い出そうとするも、大事なところが全く思い出せず、何故か突然ソーラン節が脳内再生され始めたので思い出すのを諦めた。


ドッコイショードッコイショッ!!\(^o^)/
ちなみにそれまで脳内でかかっていた音楽はずっと
「涙の数だけ 強くなれるよ アスファルトに咲く花のように~♪」
という曲だった。
このソーラン節がかかった後、頭の中で音楽は流れなくなり、全く無音になった。

しばらく戻ると左手に暇そうなガソリンスタンドが見えたので何でもいいから道を尋ねようとお兄さんに声をかけてみる。
しかし、スタンドのお兄さんをもってしても「弓の木」という交差点はわからない様子で、
こりゃあ日下部西まで戻るしか無いなあ、とションボリしていると、お兄さん、僕を気遣ってくれたのかなんと店長を呼んできてくれた。
コマ図を見せながら必死にどこに行きたいかを説明するも、店長もイマイチ的を得ない様子。

しょーがない9km戻ろう、と腹をくくったところで、店長
「ちょっと待ってて」
というなり店の中に入ってゴソゴソし出した。
持って出てきたのはipad
詳細な地図を僕に見せてくれた。
僕みたいなドビチクソにこんなに親切にしてくれるなんて!
おかげで日下部西まで戻らずにコースに復帰できるルートのあることが判明した。
店長に深々と頭を下げ、お礼を言う。
これは本当に助かった。ディ・モールトグラッツェ

それから約20分後、10kmほどロスしたものの、無事にコースに復帰する。
そういえば僕がコースを間違えたということは、当然先行していたガリガリ君もミスコースしてるはずなのだけど、引き返してくる彼の姿を見なかった。
もしかしてこの暗い中有馬の山中を迷いながら走り回るという想像するだに恐ろしい状況に陥っているのではないか。
気付いてくれていればいいのだけど。

コースに復帰したところで、辺りは全き夜を迎えた。
そして道路脇からは街灯の姿がほとんど見られなくなった。
暗闇というのはどうも人間の精神を不安定にさせるらしい。
不安や寂しさ以外に「俺は一体何のためにこんなことをしているのだろうか」という虚無感にこの頃から捕らわれるようになった。

あまりの暗さにふと、ほっしゃんのところで買ったライト一灯しか点灯させてないことに気が付いた。これではわざわざ2灯体制にしてきた意味が無い。こういう真っ暗な道を想定して、ライトについて色々調べ、fenix ld20を自転車にマウントしてきたのだ。
早速、fenix ld20の後ろのボタンをポチッと押してみる。


う…
うおおっ、ぱねええええええええええええええええええええええええ!!


Fenix ld20
その明るさ、その照射範囲、そして得られる安心感は心震える程のものであった。
ライト沼の住人達が自転車そっちのけで少しでもいいライトを探し求める気持ちがこのライトを点けた時初めてわかった。
明るさがここまで精神的プレッシャーを和らげるものだとは思わなかった。

スタートから192km、最後の最後、体がヘトヘトに疲れ果てたところで峠が出てくる。
コース設定者の鬼畜ぶりがうかがえる。
ほとんどの峠道はそうだと思うがこの峠にも街灯は一切無い。
登りが好きな僕もこの時ばかりは、何でこんな真っ暗な中山登らなあかんねん、アホか!!と腹立ちにも似た気持ちで一杯になった。
この時、肉体的には六甲山を自転車で登った時よりもさらにひどい状況だったが、ボロぞーきんのようになりながら、それでもなんとか登りきり、下りに入った。
当然下りにも街灯はないので、スピードを出さず慎重に下りる。
ここまできて落車はシャレにならん。
無事に下りきって、ゴールまでもう一息。

とにかく人、そして明かりが恋しかったので、行く手の先に車がたくさん走ってるのを見つけた時はとても嬉しかった。

そして201,5km、高塚公園、ようやくゴールを迎えた。
ゴールした時は感動も何もなかった。ただひたすらホッとした。
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受付で最後のコンビニのレシートとブルベカードをスタッフさんに提出する。
200km完走メダルを千円で購入できるようなので、記念に買うことにした。
ブルベカードとメダルは一緒に送られてくるようだが、まだ届いていない。

カップラーメンを無料で頂けるようなので、遠慮せず、いただくことにした。
先にゴールしていた参加者の方がいてたのでラーメンを食べながら少し話をする。
四国1000kmの完走者の方だった。
世の中、そんなに化け物がゴロゴロしていていいのだろうか。

ラーメンを食べ終わるとその場から動きたくなくなった。
あと80km、と考えると気が遠くなる。
でも、自転車を漕がないことには帰れないので渋々自転車に跨る。
スタッフさんやその場にいた参加者の方々に挨拶をしてペダルを回し始めた。
何故だろう、ブルベが終わるやコンピューターの表示がまたおかしくなり始めた。
でも、もうコマ図を見る必要はない。気にせず帰ることにした。

帰る途中、体のあちこちが痛いとか、寝不足のせいで無茶苦茶眠たいとかいうこともきつかったけど、一番こたえたのは寒さだった。
どれだけペダルを回しても体が温もってこない。
防寒用のトレーナーと手袋をリュックに入れる、わずか数百グラム増えるだけだったのに、それを怠ったことをとても後悔した。

三ノ宮までは一気にいけたけど、それからは休憩をはさまないととてもじゃないけど自転車をこげなかった。
弁天町まで来たときようやく、帰ってきたことを実感した。
難波まで来て、あと少しだけど、寒さに限界を感じてラーメン神座に入った。
本当はあの最高にジャンクな次郎系ラーメンが食べたかった…

そこからどうやって帰ったかよく覚えてないけど、家についたのは深夜1時前後だったと思う。
嬉しいだとかなんだとか、感じる余裕もなかった。
とにかく、寒くて、眠かった。
すぐに着替えて、震えながら布団に入ったことを覚えている。

23時間にわたる自転車の旅がこうして終わった。


最後にブルベに対する感想を少し。
ブルベを終えてみて、その内容はもろ手をあげて、楽しい、と言えるものではなかった。
正直、同じ360kmを走るなら、自分ひとりで走る方が楽しかったのではないかとも思う。
ブルベが多人数での自転車イベントである以上、一人で走るときと比べれば、様々な要素が付け加わってくるのだけれど、どうもそれらがほとんど全て僕にとっては制限のように感じられて仕方がなかった。
何より、ブルベの性格上、レースではないために、何のために走るのか、その目的や必要性が走っている途中によく分からなくなるのが一番大きな問題であったと思う。
「こんなことしてなんの意味があるのか」なんてことを考えてしまってはそのイベントが楽しく感じられるはずもない。
もっとも、これら今回ブルベから受けた印象は状況が変われば、ガラリと変わってしまうかもしれない。
例えば前日に十分な睡眠を摂れていたなら、防寒具をきっちり持って行ってたなら、誰か一人でも仲間がいてくれたなら、それだけで随分楽しいものになっていたのではないかとも思う。
ブルベに対する感想はこんな感じで、今はもう一度出てみたいような、もう出たくないような、微妙なところである。


なんにせよ、もしもう一回ブルベに出ることがあるならば、絶対に自転車でコース始点まで行かないことだけは確かであると言える。
今回ブルベが楽しく感じられなかった最大の原因は実はそれだったのではないかという、確信に近い疑惑を持っていることは君と、僕だけの秘密だ。

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どこやったっけなあ、とカードとメダルを探したらなぜかウエストポーチのサイドポケットの中に入りっぱなしで、しかもちょっと濡れたのかして印字がにじんでた……また機会があれば更なる距離に挑戦したい。

神戸「西」ブルベ200km(実質360km)日記~準備編~

9月に入ってなんだか涼しくなった。涼しくなると自転車に乗りたくなる。自転車で誰にも邪魔されないで、どこかへ。それはどんなに楽しいだろう。
自転車で空間という言い方をするのも妙だが、自転車は僕が一人になれる空間だった。どこまでいっても一人だから、自転車はいいんだ。
僕が自転車に乗るとき、世界がずっと自由になっていくような、そんな気がする。


僕の自転車は以前の日記で出てきたGIANT TCR。京都の家を出るときに、この自転車に乗ることももうあまり無いかと、置いてきた。
久しぶりに乗りたくなって、この間京都まで行ったついでに様子を見たらチェーンは錆びついていて、さらに空気入れが盗まれていた。自転車盗まずに空気入れを盗むとはなかなか酔狂な奴もいたものだと思ったが、犯人は僕の兄だった、ということが、これまたこの間京都の兄の家に寄ったときに判明した。ロードバイクも無いのに一体何に使うんだろう?ていうかお兄さん空気入れ返して下さい。自転車乗って帰れません。


ロードバイクに乗ったことがある方ならわかるかもしれない。ロードバイクはどこまででもペダルを回していけそうな、そんな気にさせる乗り物だ。
一日で一体どこまで行けるのだろう、そんなことを考えていたのかいなかったのか。ともあれ僕は一日で360kmまでは漕いだことがある。その時の日記が読みたくなって久しぶりに開いてみたらますます自転車に乗りたくなった。
以下は360km漕いだ時の日記。日付は2012年3月25日。今から6年前、弱冠30歳。1万字以上の卒論みたいな日記になっているので二回にわけることにします。なおライト含め情報が色々と古いのはご勘弁下さい。
考えてみたら今はもうスマホがあればコマ図なんていらねえんだな……


以下の記録は、個人的な備忘録と言えるもので、自転車に興味の無い方には丸きりおもしろくない上に、ゲロが出るぐらいに長いので、どうしようもないくらいに暇な方以外はこれから先、お進みになられないことを激しくオススメします。


先日(3月3日)ブルベというものに初めて参加してきました。
帰ってきてから1週間は、自転車なんて見たくもねえよメーン!的状態であったので記録を残そうなどという気は全く起きませんでしたが、3週間経って、何らかの記録を一応残しておきたいという気持ちがフツフツと湧き上がってきたのでここに記すことにします。
また、「オッスおら悟空、これから自転車で長距離の旅にいっちょ出てみっか!」的気分の方にとって、もしかすると何らかの役に立つかもしれないという淡い期待も込めてここに記すことにします。


ブルベとはそもそも200km以上を自転車で走る、長距離自転車イベントのことです。
細かく言うともっと突っ込んだ定義があるのかもしれないけど、要は自転車で長距離走り回ってみようぜ、というのがこのイベントの本質だと僕は思っています。


確か大阪-東京キャノンボールのことを色々調べている時に初めてこのブルベという単語に出会ったのだと思う。
その時は特に意識しなかったのだけど、大阪サイクルイベントに誘って頂いた友人のサトウさんからスポーツエントリーというサイトのことを教えてもらって、そこで自転車のイベントを調べているとすぐにヒットしたのがこのブルベ。
近畿でもやってるみたいでおまけに参加費がめちゃくちゃ安い。長距離を自転車で走るのは好きだし、一度出てみようとすぐに大会にエントリーしてみた。
エントリーしたのは3月3日(土)開催の神戸西200kmブルベ。
エントリーした時はコースのおおまかな概要ぐらいしかわからなくて詳しいことは不透明なままだったけど、「神戸」て書いてあるぐらいだし、まあ近場で楽しめるんじゃないか、という感覚だった。
神戸なら現地まで自転車で行けるし、これはいいイベント見つけたなあ、と喜んでいた。

その後、大会までの間に兄の友人であるほっしゃんとうちで飲む機会があり、「神戸」というのはかなりでかい、明石近辺まで行ってもまだ「神戸」が出てくるんやで、という非常に貴重な話を聞かせて頂くことがあった。
にもかかわらず、僕は…
( ´_ゝ`)フーン.
的な態度で特にその話を気に留めなかった。

ブルベ2週間前になってようやくコースの全体図、及びキューシート(この交差点を右折、といった細かいコース指示のexcel表)がホームページにアップされた。
コースの始点を見てみると全然知らない地名。
親切にも主催者のオダックス近畿さんはブルベのコースをルートラボに載せてくれていたので早速開いてみることにした。
そのコース図及び高低図がこれ↓


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( ゚д゚) ・・・
 
(つд⊂)ゴシゴシ
 
(;゚д゚) ・・・
 
(つд⊂)ゴシゴシゴシ
  
(;゚ Д゚) …!?

え…ちょっ!?

始点明石の北やん。
おまけにこの鋸型の高低図はどうよ。
400m級2回超えるてあんた…

試しにルートラボで自宅からブルベのコース始点までのルートを作ってみる。
距離80km

Wow!

仮に自宅からの全行程を全部自転車で行くとしたら360km。
今まで一日で走ったことのある最高距離252km。
でもそれはいとちゃん(ときどきたっちゃん)と二人で走っての252km。

一人で360kmなんてのは未体験もいいとこだ。
おまけに前半30km以降はずっと山岳コース。

この時初めて迷いが生じた。
家の車で現地まで行こうか、あるいは前日明石で泊まった方がいいんじゃないか。
でも諸々の事情で双方とも選択できず、結局自転車で現地まで行って、200km走ってから自宅まで自転車で帰る360kmコースを採ることになった。

ちなみに本人が「自転車で360km」という響きにどうしようもないくらい胸ときめかせ、ワクテカしてしまっていたという事実は君と僕だけの秘密だ。

というわけで前日。
3月3日ブルベ本番の受付開始は午前6時30分からだったので、3月1日の夜は仮眠程度で済ませ、3月2日の午後6時ぐらいから睡眠をとり、3月3日午前1時起床、午前2時出発というスケジュールでいくことに決めた。
3月1日、深夜に家に帰って、寝たのは2日の明け方5時ぐらい。起きたのは2日の8時ぐらい。大体3時間の睡眠で、3月1日はあまり睡眠をとらない、というこの一点に関しては非常にうまくいった。うまくいったのはまさしくこの一点のみであった。

起きてからはダラダラしながらブルベの準備を始める。結局本格的にとりかかったのは午前10時半ぐらい。
ブルベは道路交通法の観点からかベル、ライト、反射ベスト等、様々な装備義務が課されている。
出走前の車検で装備不十分であるとされた場合、この時点でブルベ終了である。
この装備に関して、ほっしゃんにはとてもお世話になった。
特にベルに関しては僕の自転車のハンドル径が非常に太いものであったため、取り付けられるものがなく、めちゃくちゃ困っていたのだが、ほっしゃんに相談したら一発で解決した。

また、ブルベは夜中に街灯の無いところを走り回るのでなるべく明るいライトを2灯以上装備しなければならない(義務付けは400km以上のみ。でもそれ以下でも推奨はされている)。このうち一灯は自転車を買ったときに一緒に購入した安物のライトでいこうと思っていたのだが、電池を交換してから、どうにも調子がおかしい。
ということでこれまたほっしゃんのところで新規購入。
このライト、メインライトを補助してくれればそれでよいと思っていだが、それにしては滅茶苦茶明るく、スーパーサブっつか、もうレギュラーでよくね?的性能をはっきしてくれた。
明石までの行き帰りはこれ一灯で十分だった。

そしてメインのライト。
これはキャノンボールのことを色々調べまくっているときから欲しかったライトを購入することにした。
巨大掲示板2ちゃんねるには自転車板が存在し、結構有用な情報が転がっていたりするのでこれまでも色々と参考にさせてもらってきた。
この板の中にはライトに異常なまでの関心、いや執念を燃やす者がいる。
自転車前照灯スレに巣食う者、通称「ライト沼」の住人達である。
夜間に快適な自転車ライフを送りたいがためにライトを自転車にマウントするのだ、というのが普通の考え方だと思うが、ライト沼の方々はどうも、素晴らしいライトをマウントするために自転車という「台」が存在するのだ、と考えている節がある。つまり主従が逆転してしまっているのだけれど、ここまでイってしまっているライト沼の住人をして、少し前までその明るさ、その汎用性をして神ライトと言わしめたライトが、

Fenix ld20

である。
このライト、いわゆる自転車用ライトではなく、本来は単3電池を用いた懐中電灯である。
実は明るさを求めるのなら懐中電灯を自転車にマウントする方が高性能な自転車用ライトを求めるより明るさ、また値段の観点からも優れているということはもうライト沼の方々にとっては周知の事実のようで、それを証明するかのごとく確か去年の春ぐらいに、雑誌「自転車人」でも様々な懐中電灯が特集されていた。
そしてその特集の中でも第一に紹介されていたのはこのfenix ld20である。
このあたり、もしかすると「自転車人」もライト沼住人の意見を参考にしていたのではないかと勝手に疑っている。
ちなみに現在、単3電池を使ったライトはもはや時代遅れとされている風潮があり、リチイウムイオン電池18650とかいう、やばい臭いのプンプン漂ってくる名前の電池を使ったライトがものすごいらしい。
その性能は一言で爆光、ただひたすらに爆光であるというのだが、さすがにそこまでの性能はいらない。
今回ld20で走ってみて、その明るさに大変感動したのだが、18650を使ったライトはルーメン値でld20の約5倍の明るさ(大体1000ルーメン以上)を持つ。
そんなのおかしいよ…絶対…

ということでld20を購入したのだが、これが届いてみると予想以上に小さい。
現代の懐中電灯ってこんなに小さいのか。まさに手のひらサイズ。
早速自転車に取り付けてみた。


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うむ、ライト2灯ってなんかかっこいいじゃないか。

こちらはほっしゃんにつけてもらった神ベル。


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乾いた、いい音がする。

さてここまで用意したあとは自転車の空気入れたりチェーンの掃除をしたりして、さらにサイクルコンピューターの電池がもうきれかかっていたのでcateyeのホームページを見ながらゴチョゴチョやってたら大体午後4時ぐらいになった。
ここからブルベで最も必要となる装備、地図の作成に取りかかる。

名古屋に行った時も自分で地図を作っていったのだが、今回は丸きり違う地図を作ることになった。
キューシートのことは先ほど説明したとおり、この交差点で右折、とか文字で書いてあるエクセル表なのだけど、これを分かりやすく図にしたものがある。
通称「コマ図」と呼ばれるもので↓みたいなもの。


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交差点名、道路名、始点からの距離、その前のコマ図からの距離が書かれてあって、すなわちサイクルコンピューターを見ながら距離を照合し、コマ図に記されてあるポイントを正確にたどっていくとゴールに行きつくという、地図である。
僕が名古屋行のときに作った地図とは根本的に違っていて全体地図ではなく、直進以外の要所のみを記したまさに「コマ図」である。
本来はキューシートに合わせてこのコマ図を自作しなければならないらしいが今回ブルベを主催するオダックス近畿さんはこのコマ図まで作ってホームページにアップしてくれている。
全体図が無いことに多少の不安を覚えないではなかったが、今回はこのコマ図に全てを委ねてブルベを走り切ることにした。
というわけで早速プリントアウト。

さてこのコマ図、すなわち地図をどのように扱うかということである。
名古屋に行った際、いちいちポケットから地図を出して現在地を確認するという作業は非常に面倒くさく快適ではないことを痛感している。

ブルベに出ている人は地図をどう扱っているのだろう。

色々調べてみると一般的にはA4ぐらいの大きな紙にまとめて3枚ぐらいにして、なんだったらラミネート加工までして、ハンドルの前を通るシフトワイヤー及びブレーキワイヤーにクリップかなんかで留めるというのが主流らしい。
なるほど…しかしハンドルの前にどでかい表があるのは何かちょっと抵抗があるし、写真を見ているとどうも僕の自転車とはワイヤーの取り回しが違うようでこれは不可能だということがわかった。尚も調べていると、カードホルダーにコマ図を収納し、ノートのようにめくりながらコマ図を閲覧していく方法が紹介されてあった。
おお、これなら簡単にできそうじゃないか。
早速100均でタイラップ他様々なものを調達して作り始める。
途中穴を開ける位置や台座との関係から思わぬ苦労をしながら完成したのがこちら↓


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お、おぉ…なんかハンドル周りが若干要塞っぽくなっているじゃないか。
それでいてスマート。ロードバイクの機能美をスポイルしてはいない。
んんマーヴェラス!我ながらよくやった。

若干の興奮を覚えながら、一仕事終えたところで風呂に入って寝るか、と時計を見たところ夜の10時。


あ、あれ…?


10時って…もう3時間しか…

どうもあれこれ地図に手を加えているうち、時間が超スピードで過ぎ去ってしまったようだ。ちなみに上記の写真は後日明るい時に撮り直したものであり、その日作業が終わった時には当然辺りは真っ暗になっていた。
午後10時という時間に、やばいような気はしているのだけど前日も3時間ぐらいしか寝てなかったので頭がぼーっとして何が何だかよくわからなかった。
とりあえず風呂に入りに行って、翌日の用意をして寝床に着いたのは11時。
少しでも睡眠時間を稼ごうと朝(てか夜だけど)1時起床から1時半起床に変更した。

が、ここで思わぬことに翌日が楽しみ過ぎて寝れない病が発病してしまった。
小学生の頃からおよそそんなタイプではなかったし、前日もあまり寝てないのだからすぐに寝れるだろうと高をくくっていただけにこれは予想外の展開だった。
逆に前日寝てないから早く寝なければ、というプレッシャーも働いていたのかもしれない。
それでも何とか寝ようと1時間じっとしていると、少しウトウトと眠れそうな感じになってきた……
ところに飲みに行っていた兄貴と親父がワイワイキャッキャしながら帰宅、というデスコンボ。
ばっちり目が覚めてしまった。時計は12時過ぎ。
ここから先は一睡もできず、ベッドでゴロゴロしながら起床予定であったAM1時30分を迎えた。

体調が不安過ぎたけど、まあ行くしかないわな、と自分を励まして午前2時出発。
出発するときにリュックに防寒用のトレーナーと手袋を入れるかどうか迷ったけど、そんなに寒そうではなかったので入れなかった。これは最後まで後悔した。
出発してすぐにコンピューターの表示がおかしいことに気が付いた。
それまで30km/hが表示されていたのに突然0km/hになって、再び突然30km/hに戻ったりする。
電池の不具合かな、と思って明るいコンビニに寄って見てみるもおかしいところは見当たらない。おまけにこのコンビニでサイクルボトル2本を家に置き去りにしてしまったことに気が付いた。
取りに帰ろうか、と思ったけど、もし遅刻するようなことがあってはいけないのでペットボトルで我慢することにした。
コンピューターもとりあえず明石に着いてからにしようと考えて再び走り始める。
千日前をずっとまっすぐ行って弁天町を北に、後はずっと国道2号線
深夜の2号線は全然車も走ってなくてとても快適だった。
尼崎、西宮、芦屋、結構いいペースで通過していく。
休憩をどこで入れようかな、と考えながら神戸を過ぎていつの間にか須磨へ。
この須磨から明石への海沿いの道は加古川で仕事をしてた時電車で通るのを毎朝楽しみにしていたところだが、深夜自転車で走っているととても寂しい気がした。
早く明るいところに出たい、にぎやかなところに出たら休憩しようと思いながらペダルを回していたが、こんな深夜とも朝方ともつかぬ時間に、にぎやかなところなどどこにもない。
結局ノンストップで明石駅へ。
時刻は…


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は…早く着きすぎた。

着いて思ったのはまず、寒い、ということだった。
止まった瞬間に一気に体が冷えてきた。
走行中、ずっとコンピューターのことが気になっていたので、明石に着いたところでまずそれを直すことにする。
コンピューターが正確に作動しない限り開始点からの正確な距離は分からず、すなわちコマ図の意味が全くなくなってしまい、言ってみれば地図の無い状態でブルベを走ることになってしまう。
色々考えあぐねた結果、もしかするとセンサーとコンピューターの電池の入れる順番を逆にしたら直るのではないかと思いついた。
試してみたらドンピシャリ。一番の不安は取り除かれた。
不安が無くなったところでお腹が減ってきたので朝ごはんを食べに近くのすき家に入り、それから時間を潰す方法を考えた。
明石駅からブルベの始点まではまだ15kmほどあるけど、ブリーフィングは7時40分からだから、6時半にここを出れば確実に間に合う。
ご飯を食べた途端に強烈に眠くなってきたこともあって、駅前の漫画喫茶で1時間程仮眠をとることに。
ここではちゃんと眠ることができた。
漫画喫茶を出て、外が明るくなってたのはとても嬉しかったし、なんだかホッとした。
太陽ってのは素晴らしいもんだ、と変なことにとても感心した。
しかしあまりゆっくりもしていられない。
早速明石駅のコインロッカーへと向かい、リュックその他いらないものを預ける。
鍵をトップチューブバッグにしまってスタート地点へ向け明石駅を出発。
軽い登り勾配を40分ぐらいこいで大体7時20分ぐらいにスタート地点に到着した。
途中ダンシングをする度、内腿にトップチューブバッグが当たるのが気になった。
フロントバッグにすればよかったかも。
スタート地点の高塚公園は割と大きい公園だったが近くまで行くと明らかにそれっぽい人達の塊。すぐに受付だと分かった

授業準備について

以下、ものすごくまとまりのない文章になっている。
6年間高校の常勤、ならびに非常勤をやってきて、自分が大きな勘違いしていたことについこの間気が付いた。

先週一週間の授業を終えて、一学期に一生懸命にやったプリント作りは正しく無駄だったのだと思い知った。先週の授業は全部教科書をまとめただけのシンプルなプリントでやった。全く工夫のない、つまらないプリント。ところが、一学期とは全然違う手応えを得られた。そのことは少なからず驚きであった。
僕が一学期作った手の込んだプリントは、授業の大勢に影響するものではなかったということだ。

授業準備において最も大事なことは、用語についての細かな調べものをすることではなく、それをプリントに書き入れることでもなく、また己を理論武装することでもなかった。そんな調べればわかる知識など誰も求めてはいないのだ。

逆説的な、変な言い方になるが、授業において最も大切なことは「教えない」ことなんじゃないかと思った。「教えなければならない」という意識がある時点でその授業は強制的になる。一方通行になる。一方通行の授業はつまらない。生徒にとってはもちろん、先生にとってもつまらない。つまらない授業は誰がなんと言おうと悪だ。最大限の努力を払って回避しなければならない。生徒が全員つまらなそうな顔をしていて、そのことがわかっていながらどうすることもできず、授業を続行しなければならないというあの地獄、あの地獄を「強制する知識」はいとも簡単に現出する。

知識自体を否定するわけではない。だけど、たとえどれだけの調べものをしたとしても、その知識を自らが面白いと思っていたり、必要だと思っていない限り、その知識は空っぽの言葉になる。空っぽの言葉は無駄だ。もっと言えば嘘だ。生徒は耳を傾けない。それを強引に聞かせようとすれば拒否反応を起こすのは当然だ。授業準備で増やすべきは空っぽの言葉ではない。それは単に授業の邪魔をする。

授業を面白くするのはどこかに書いてある孫引き、曾孫引きの言葉じゃなくて、自分の中にある言葉なのだ。どれだけ量が少なくても自分の中にある言葉を引き出す方がはるかに大事なことだ。授業準備ではそれをこそ一生懸命に考えなければならない。その言葉の無い授業は、そもそもの必然性が無い。僕がその授業をする必然性がこれっぽっちも無いのだ。それこそネット見てりゃそれで済む話だ。
逆に、今まで僕の授業を面白いと言ってくれた生徒は、意識せずに出ていた僕のオリジナルの言葉に面白さやパワーを感じてくれていたのだと思う。細かな、どちらでもよい知識に何かを感じたわけでは決してないだろう。

自分の中から出た言葉はいとも簡単に生徒との関係をイーブンにする。先生が上、生徒が下、そんな意識をぶち壊してくれる。そうして生徒と「話」をさせてくれる。教えない、ということはすなわちそういうことだ。その言葉を持って初めてそこへいけるのだ。

その言葉を見つけられたなら、もうそれで授業準備としては十分なのだと思う。誰にでも教えられる知識は誰かに教えてもらえばいいし、さらに言えば自分で簡単に獲得できるだろう。そんな事柄は僕にはどうでもいい。僕は僕の授業をする。
ただ、プリントの挿絵だけは楽しみにしてくれてる生徒もいたみたいなので残そうと思う。

もしかするとここで書いたようなことは先生をしている人なら誰でも知っていることなのかもしれない。「何を今更」ということを僕はやっぱり今更になって発見する。それで一人嬉しくなる。幼い頃から僕にはそういうところがある。

夏休み明け一発目の授業

夏休みが明けて僕は体調を崩した。
のどが痛いし咳も出る。熱も少しあるようだ。夏にひいた風邪のせいか、いつもの自分の風邪と違う。
いつもはガッと、38℃以上に熱が上がって、寝ている間に汗しこたまかいて、一日で治ってしまうというのがパターンだったのに。

今回の風邪はそれとは随分違って、変に長引く。ねっとりといやらしい風邪だ。

上海から帰ってほぼノータイムで1発目の授業。準備の暇無く、体調も悪い。体に無理がきかなくて、プリントを作るには作ったが、座って作業をするのもしんどい状況で、いつものように色んなことを調べて書き込みをすることが出来なかった。
その代わりに寝ころびながら、プリントをボーっと眺めてどんな話をするか考えた。それで思いついたことをどんどんとクロッキー帳にメモしていった。つまり1学期のプリント作りでやった、ネットを使って事細かに一つ一つ調べるということを一切しなかった。時間と体調の関係でできなかった。授業の題材は産業革命の分野だが、それをダシに全部自分で考えついたオリジナルの話だけで授業を構成した。今回の授業準備に費やした時間は、1学期のプリントを作るのに費やした時間の半分以下だ。作ったプリントも教科書をまとめただけのもの。随分と手を抜いたものだ。

しかしまあそれで、可もなく不可もなく、とりあえず50分もつ授業はできるだろうと思った。体がしんどくて不安や緊張も麻痺していた。

ところが、いざ授業が始まってみると、いまだかつてないほどにうまくいって、やんややんやの大盛況であった。


いや……なんでやねん!?

寝る間を惜しんで調べものをして、一生懸命にプリントを作って、それでも全く授業が盛り上がらないこともあるのに。なんで?

一学期に僕がやってきたことは無駄だったのか……

上海から帰国した

上海では竹の双胴船を作り湖(ほとんど海だが)に浮かべた。
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写真は作る途中のもの。この上に竹を並べて桟敷を作り二つの船を連結して、20~30人で湖の速い流れに逆らって漕いだ。
何をやっているのかと思われるかもしれないが、僕も何をやっているのかよくわからない。うまくいって良かったという気持ちだけが残っている。ともかく、上海にて僕の夏が終わった。

25日に帰国して、昨日から早速学校で授業をしている。こんな感じで夏が終わった後はどうしても、何のために授業をするのか、よくわからなくなる。めんどくせえと思ってしまう。生徒もきっと同じ気持ちだろう。まだ上海で竹の船作ってる方が現実感がある。楽しいと思える。シンプルでないことに頭が慣れない。

上海から帰国してみると日本の方が暑く、体調を崩した。どこかこの日記も投げやりだ。