ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。不定期更新です。

奈良に引っ越し日記

縁あって奈良に引っ越した。11月中旬のことだ。
当初身内だけで引っ越し作業を行う予定だったが、引っ越し先のマンションはエレベーター無しの5階で、おまけに道路からマンション入り口までの距離もなかなかのものがあり、身内パワーのみで運ぶのでは丸一日かけても終わらない予感がしたので、今回は引っ越し業者にお願いすることにした。

業者に頼むのは初めてだったので、去年か一昨年に業者を使って引っ越した友人にどこがいいのか聞いてみたところ即答で「アリさんマークの引っ越し社」と言われたので、素直にアリさんに見積もりをお願いした。考えてみれば当たり前のことだが、引っ越しの見積もりって家に来てもらって荷物の量見てもらうんですね。

アリさんの営業担当は僕と同い年ぐらいでイケイケの人だった。最初は冷蔵庫、洗濯機、ダイニングテーブルなど、重くてとても自分たちでは運ぶことの出来ないものだけ運んでもらうつもりだったが(なるべく費用をおさえたかった)、家の中の物を全て運んでも4トントラック1台で済むので料金はさほど変わらないと言われた。

では洗いざらい全て運んでもらったら一体いくらになるのかたずねてみると、ズバリ7万円+税でどうでしょうかと言われた。それで、僕と嫁さんは即決でアリさんにお願いすることにした。確か重いものだけ運んでもらうバージョンをオンラインで他の業者に見積もりを出したところ同じかそれ以上の値段が出ていたからだ。
全部運んでもらえるのだったらそれに越したことはない。

引っ越し業者を使う場合は他社と競合させて値を下げるのがセオリーらしいが、我々には時間が無かったし、それに仕事として7万円の仕事ではないと思った。だって大人1人や2人でどうにかなる作業量ではない。物だけ見れば僕と嫁さんの荷物だけだが、5階まで上げなければならないのだ。それも階段で。少なくとも5人、欲を言えば7人は欲しい作業量になる。大人5人で一日働いて7万。一人あたり1万4千円。ガソリン代やら高速代やら会社に抜かれる金を差し引けば日当はもっと下がる。
僕だったら絶対文句を言うだろう。一人あたり2万円は欲しいところだ。
それを全部込みで7万円でやってくれるというのだから何も文句はない。感謝したいくらいだ。

ダンボールは小さいのと大きいのをそれぞれ40箱ぐらい(多分…)見積もりをしたその日に頂戴して(もちろん無料)、我々は箱詰め作業に入った。そんなにいらんやろ…ともらった時には思ったが結局すべてのダンボールを使い切り引っ越し当日。

予定時間の少し前に電話があり、やってきたのは社員ぽい人×1、大学生ぽい人×2、高校生ぽい人×1という面々で超スピードで荷物が運ばれていく。搬出にかかったのは1時間ほどだったと思うが最後の最後、ダイニングテーブルを出す際に足を外して解体しなければ廊下が通れないことが判明した。解体、組み立ても7万円の中に含まれており、アリさんの社員の方は一通りの工具を持ってきていた。

ところが、我々が結婚してから買ったそのIKEAのダイニングテーブルは、そのテーブルを買った時についてくるIKEAの六角レンチでなければネジを外せない仕様になっていたことが、アリさんの社員がノーマルのメガネレンチで外そうと試みて15分ほど経過してから分かった。アリさんの社員は見るからに焦っていた。そりゃそうだ。僕がアリさんの社員でも焦る。ネジを外せませんとは言えない、しかしネジは外さなければならない。そして、夜はネジを外せようが、外せまいがやってくるのだ。

僕はそういう工具類は捨てずに取っておくたちなので、僕の工具箱を探せば必ずIKEAの六角レンチはあるはずだ。しかし、その工具箱は1時間前にトラックに積み込まれ、どこにあるかも分からない状況だった。探し出せば必ず工具はあるはずですよ、とアリさんに言ってみたが、頑として聞かない。引っ越し屋の意地なのか、手持ちの道具でなんとかしようとする。

最終的にインパクトを取り出し、半ば強引に解体してしまった。多分机に30分は取られたと思う。とりあえずホッとしたが組み立てで同じぐらい時間がかかるのではないかと不安になった。

それから僕は電車で引っ越し先の奈良の家まで移動。引っ越し屋さんが早く着いてしまったときを考えてあらかじめ母を奈良の家に配置しておいたが、その心配は杞憂に終わった。

引っ越し屋さんが奈良に着いたのが16時前後だったと思う。近頃は暗くなるのが早いのですぐに作業にとりかかる。重いものからどんどん運ばれてくるが、当たり前のことだがピッチが上がらない。だって5階まで階段で上げなければならないんだもの。それもたった4人で。

序盤に冷蔵庫を上げた大学生の男の子はそれだけで精魂尽き果てたと言った様子で、最後の少しの段差を上げるのにもう力が入らないようであった。社員の人に叱咤されるも力が入らんものは入らんのだ。最終的には社員の人一人で何とかしてしまったが、その大学生の子の様子を見ていてなんだかとてもかわいそうになってしまった。僕はなにかわからないが、とてつもなくひどいことをさせているのではないだろうか。中世の封建領主が農奴をこき使うように。産業革命時の資本家が小さな労働者をムチでしばきあげるように。そんな思いにとらわれた。

時間が経つにつれ、皆の疲労の度合いと汗のかき方が尋常ではなくなってくる。もう冬がやってきているというのに、服を汗でビチョビチョに濡らしてしまっている。途中、社員の人のぼやきが聞こえた。「これ、4人の仕事じゃないよな?」
全く僕もそう思う。なぜこの仕事を4人配置にしたのか。営業担当のあのイケイケの兄ちゃんは鬼か悪魔か。正気の沙汰ではない。

暗くなってきたあたりで恐怖のIKEAダイニングテーブルが運ばれてきた。社員の人がインパクトで組み立てを始めるもやはり時間がかかる。手こずりながら足の最後の1本を取り付けようとして、重大な事実に気がついた。解体の際強引に外したので、六角のビスを通すボルトのネジ山がつぶれてしまっていたのだ。

IKEAのテーブル組み立ての間、引っ越しの作業は止まっていた。あるいは休憩を指示していたのかもしれないが、いずれにせよIKEAのテーブルが完成しない限り作業が再開されないであろうことは目に見えていた。

ネジ山のつぶれてしまったことを聞いて、僕は怒るでもなく、悲しむでもなく、もう十二分に我々のために彼らが力を尽くしてくれていることが分かっていたので、なんだかもう僕も引っ越し屋さんと同じ気分になって、とにかく一刻も早くこのIKEAのテーブルを完成させる工夫を考えた(後で自分で組み立てるからほったらかしてもらって構わないと伝えたが、社員の方は頑として聞かなかった)。それで、僕が机を手で持ち上げていれば何とかボルトがネジ山のつぶれている部分まででも入るのではないかと思い、それを実践してみたところ実にうまくいった。机はその足だけがグラグラしていたが、それはビスがちゃんととまっていないのだから当たり前のことだが、とにかく社員の方はそれで納得し、作業は再開された。

アリさんへの不満点としては、ただその一点だけ。自分で組み立てると言った場合には引っ越し屋の意地を張らないで素直に受け入れて欲しかった。次もし引っ越すことがあるならこのテーブルの解体組み立てだけは自分で行おうと心に決めた。

作業が再開されたところで見たことの無いメンツが増えていた。社員の方に聞いてみたところ、その日作業が終わった現場から2人回してもらったらしい。それを聞いて僕も少しホッとした。6人でもまだ作業員は足りない気もするが。

外はもう真っ暗になっていたが、作業は着々と進んだ。IKEAのテーブル以外にトラブルは無かったが、終盤になってダンボールが運ばれて来る度にいちいち聞く「あんたどれだけ荷物あるのん!?」という母の一声が鬱陶しかった。一度引っ越しをしてみればいい。何も無いと思われているところからどれだけの荷物が出てくることか。

作業が終わったのは7時過ぎであったろうか。最後にお礼を言って、皆さんに缶コーヒーを渡して終了となった。社員の方から「上司から一言お礼がありますので」と言われて、電話を渡されそうになったが、上司は電話に出なかった。その方がいいと思った。

ダンボールだらけになった家を見て、やはり7万円の仕事ではないと思った。ありがたいことだと心底思った。アリさんの方々は本当によく頑張ってくれた。感謝しかない。
作業が終わった後社員の方に「この現場はきつい方ですか?」とたずねたところ「めちゃくちゃきつい方です」と答えが返ってきた。割に合わない仕事だ。そう思いながらやってくれたのであろう。

皆さんが帰ってしまった後、少しグラグラするIKEAのダイニングテーブルで、母と嫁さんと3人で、嫁さんが買ってきてくれたお弁当を食べた。

やっぱりグラグラするなと思ったので、母が帰った後自分でテーブルを直した。