ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。不定期更新です。

非常勤の机(11月26日)

我々非常勤講師のシマは職員室の最も奥、東側に固められている。現在7人か8人の非常勤がいるようだが(職員室にいない非常勤もいるので正確にはよく分からない)、割り当てられたパソコンは2台しかない。その2台を非常勤全員で使いまわしている。つまり、授業準備は家でやってこいということだ。つまり、今年度の最初なぜか僕の机の中にintelCOREi7搭載のパソコンが入っていたことは大変なラッキーだったということだ。
なお、僕はそのCOREi7を全く自分の物として、堂々と使っている。同じ非常勤の先生から「良いパソコンをお持ちですね」と声をかけられて「ありがとうございます」と答えるほど堂々と。このパソコンが一非常勤の私物に成り果てている意味が全くわからない。学校側の杜撰な管理にこの日記は助けられているわけだ。

僕は現在39歳であるが、僕ぐらいの年齢の非常勤は珍しい。大体は60代以上。正教諭を定年まで全うしたじい様ばあ様の暇潰し、それが高校の非常勤講師の実態である。現状非常勤のシマは老人ホームと見分けのつかない状態にある。昨年度の机はひどかった。隣は秒速5cmで歩くおじいさん。彼は我が校の教務規定の犠牲者となった。すなわち1年間の成績の平均点を55点〜65点内に収めるべし、との悪名高き規定である。規定内に平均点を収めるため、彼はどうあがいても85点しかとれないテストを作ってしまったのだ。生徒から不満が噴出し事態が発覚したが、要約すれば彼は100点満点中25点分を感想から算出するテストを作成し、しかし感想をいくら書いても25点をもらった生徒はおらず(感想点の最高点は10点だった)、なぜ減点されるのか、25点をもらえる感想とはどのようなものかという疑問がわき起こった次第である。生徒の意見は至極真っ当だ。定期テストの25点分を感想で、というのもなかなか聞いたことがないが、意地でも感想には10点しか与えない(25点満点なのに)なんてのはウルトラC級の、彼の歩く速度からは想像もつかないとんでもパワープレイである。結末としては事実上85点満点になっているので、そのテストを受けたものは残りの15点を全員もらえることになった。それで一応折り合いがついた。

このテストを作ったおじいさん先生を悪いとは僕は全く思わなかった。むしろ可哀想だと思った。僕からすれば悪いのは完全に教務規定の方で、その規定に慣れない先生が犠牲になっただけだ。55点から65点以内に平均点を収める、こんな馬鹿みたいな規定がいつどこでできたのか。僕はいつも全員100点のテストを作りたくなる。何が何に何の点数をつけているのか、よくわからない。そのおじいさん先生は今年度になっていなくなった。

昨年度の僕の前の席には独り言を連発する、これまたおじいさん先生が座っていらした。その独り言もボソボソ言うのではない。大声で、こちらがびっくりするぐらいの声で連発するのだ。そのどれもが快いとは言えない独り言で、例えば「何でこんなことになるんやー!」とか、「あーあー!?」とか、己の不平不満を独り言にのせてわめきちらすのである。国語の先生だけあってボケとかカスとか汚い言葉は使わないが爆音の愚痴を目の前で突然聞かされるこちらの身にもなって欲しい。昼飯を(精神的に)ゆっくり食べることも許されず、昼飯に楽しみを見出せなくなった僕は半年間で8kgやせた。そのおじいさん先生も今年度になっていなくなった。きっと独り言がうるさすぎたのだ。

代わりに今年度、僕の前に座ることになったのは慇懃無礼なおばあさんだ。彼女のことは彼女が正教諭であった時から知っている。すなわちその先生は正教諭を退いた後、そのまま同じ高校で非常勤として務めることになった。まさに慇懃無礼を「人間」という形にしたような人で誰よりも自尊心が高く、己ほどかわいくて、頭が良くて、数ある人生の中で最も素敵な人生を生きた者はいないと思っている。それでいて我々との会話で必ず接頭語につくのは「私なんて」なのだ。
「何言ってやがんだこのババア。口からでまかせ言ってんじゃねえ!自分が人よりも低い位置にいるなんて一度も思ったことねえだろ!」とその度に僕は思ってしまう。彼女の言葉は100%の、純粋培養の嘘なのだ。今まで生きてきて1ミリも思ったことのないことを毎度毎度堂々と言ってのけているのだ。

そして今年度、僕の後方には「今何時限目ですか?」としょっちゅう聞いてくる英語の非常勤おじいさん。なぜ僕に聞く?時計を見て自分で判断しろ。それもできないぐらいモウロクしてるならこの仕事はやめた方がいい。おすすめできない。パワープレイ以外に道が無くなってからではどうしようもない。そしてそうなってからでは「暇潰しのつもりでした」では済まなくなる。とにかく僕にいちいち聞くな。僕はあなたの乳母ではない。

そのまた後方、僕の約2m後ろには、これまで地球上で会った人間の中で最も嫌いなタイプの人間が座っている。恐らくずっと認められてこなかったのだろう。そのジジイは自分がいかにすごいかを休み時間ごとに吹聴して回るのだ。古今東西えらい人の名前を取っ替え引っ替えあげつらっては「あの人は〜でしょう?(もちろんあなたも知ってると思うけど……あれ?もしかして知らない?)」を連打してくる。それも周りに聞こえるように大声で。こちらが「はぁ…」と、さてその人の名前すら聞いたことがないなという顔をするまで連打をやめない。えらい人の名前を口にしない時もその一言一言からとてつもない「えらそう感」が伝わってくる。いつも何かを批判しており、文句を言うことで「どうですか皆さん、私ほど知能の高い者はこの地球上にいないでしょう?」と言葉の裏で主張し続けている。自己顕示欲をどんな風にこじらせたらこんなイヤなジジイが出来上がるんだ。大体人間は馬鹿になるのに一番苦労するのに、このジジイはジジイになってなお賢いことを気取って見せているのだ。若気が至ったままモウロクしている。目をつぶったままナイフを振り回してるようで実に危なかしい。この前も数学の先生(その人も再任用)に食ってかかって、なんだかよくわからない話をして、話がまずくなったところで横文字の何だかすごそうな人の名前を出して、数学の先生が「何言ってんだこいつは」みたいな顔をしたところで尻すぼみに話が終わった。言ってやったと満足しているのはジジイ一人であとは皆どっちらけの顔をしていた。あんたがすごいのはよく分かったから、もうそのあたりでやめておけ。ジジイがジジイにマウントとって何になるんだ。言うものは知らず、知るものは言わず、昔からそう言うじゃないか。

と、このような具合で非常勤のシマは現在混乱の極みにある。先日中学生が同級生を刃物で刺し、殺害する事件が起こった。その時も非常勤のシマでは「今の子どもは殺人ゲーム(一人称の戦争ゲームのことを言っていると思われる)のやり過ぎで現実とゲームの境目が分からなくなっているのだ、大変な時代になってしまった」みたいな話で随分盛り上がっていたが、そんなこと本人以外誰にも分からないじゃないか。刺した子も、自分が死ぬか相手が死ぬかというところまで追い詰められていたのかもしれない。ゲームのやり過ぎのせいだと原因を一面的に、浅はかに決めつけておいて「それでも我々はもう引退だから、良かったネ」と、暇潰しのジジババどもが高みの見物決め込んで悦に浸っているのには、吐き気を通り越してへどが出る。人が生きることを侮辱している。


どうにもこのシマにいると、胸くその悪くなるようなことばかり聞こえてくる。君子危うきに近寄らず。もう職員室にはなるべく寄らないようにして、僕は社会科教室にこもることにしよう。