ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。不定期更新です。

頑張らない(働かない)方がいい

ほとんど何の仕事もしてないのに、新たに勤める会社から3月分の給料が振り込まれた。それも非常勤としてあくせく働いて得る給料より遥かに多くの額が。
それで、一日の時間の大半を割いて額に汗し、少額の給料を得ていたこれまでの自分が馬鹿馬鹿しく思えた。考え方が逆転してしまったと言っていい。

何を考える余裕もないほど働いて、働きまくってわずかな給料を得る。それが美徳だと思っていたが、しかしその美徳とはつまり己の情けなさへの負け惜しみであったかもしれない。しんどい思いをして小銭を稼ぐより、楽しい思いをして大金を稼ぐ方がいい。そんな当たり前のことをなぜだか僕は否定するように生きてきた。

しんどい思いをして小銭を稼ぐってのはつまり要領が悪く、頭を使っておらず、時間を無駄にしているということで、それは美徳どころか悪徳の最たるものだ。その悪徳を誇って生きてきた自分とは一体何だったんだろうな。次男坊にはよくあることだが、僕は幼い頃から随分な要領かましで、その過去の自分をただ否定したかったのかもしれない。多分、大学受験あたりから、いや家が放火されたあたりから僕は変わってしまった。

要領かましでもズル賢くても、なるべく働かない方がいい。今はそう思っている。思考停止して長時間労働するのが美徳ではない。それだけが働くということではない。なるべく働かないために頭を使う、考えるために時間を使う。それは果たして悪か。今までの僕はそれを悪だと思っていた節がある。

悪だっていいさ。これからの僕はなるべく働かない。そう考えた方が遥かにクリエイティブで楽しい仕事ができる。働かない時間を積極的に作り出すことがその最大の秘訣だと近頃気づいたのさ。昔の自分にそろそろ戻ってみようか。