ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。不定期更新です。

神奈川家探しの旅

転職、ということでいいのだろうか、3月に神奈川に引っ越すことになった。4月からは新しい仕事を始めるが、しかしそれでいて今まで通り高校の非常勤の仕事も続けるという、なんとも奇妙な状態になる。

昨年の9月に渋谷で夏のキャンプ事業の打ち上げがあった。打ち上げ後、僕(と父)だけ横浜のインターコンチネンタルに連れて行かれ、キャンプでお世話になった団体の代表から、関東に移って一緒に仕事をしないかと誘われた。それまでも何回も誘われていたが、全部お酒が入った状態だったし、冗談で言っているのだと思っていた。今回はやたら高そうなホテルの、目ん玉飛び出るほど高いBARの中でサシで話をされたので、それも条件の話までされたので、それでやっと本気で言っているのだとわかった。関東で非常勤の仕事をしながらでもいいから、一緒にやってほしいとのことだった。突然の話に面食らった。

生まれてこの方近畿を離れたことはないし、第二子はもうすぐ生まれそうだし、話を受けたいような気はするが、受けてしまってはまずい気がした。しかし、その後代表から「家は鎌倉に用意できる」と話があり、大きく気持ちが動いた。以前から鎌倉には憧れがあった。

それに、不安は大きいが、同時に関東に行って今まで経験したことのない、新たな生活が始まるのだと考えると、とてつもなくワクワクした。迷ってるのならワクワクする方へ進みたいと思った。それで、話を受けることにした。奈良に帰って嫁さんにどう思うかとたずねたところ「そんないい話を断る理由はどこにもない」と言われた。きっと妻も僕と同じでこの話にワクワクしたのだと思う。奈良にこのまま住み続けるビジョンは我々には無かった。

ところが、その後しばらくして、鎌倉に用意できるはずだった家が実際には使えないことが判明した。色々な条件が、子育てをしながら、ということを考えるとあまりに厳しい家だった。代わりになる家を探さねばならなくなった。
つまりそういうわけで1月5日〜7日の期間、神奈川に家を探しに行った。2人目の子どもが生まれて、初めての家族4人での旅行だ。

1月5日は午前9時には出発したいと嫁さんと話していたが、予想通り後ろにズレて10時前に出発。それでも1時間以内のズレだったのでまだ良い方だった。子どもがいるとどうしても遅れてしまう。目標時間の1時間前に出発するつもりで準備せねばとても目標時間には間に合わない。

神奈川へのルートは、奈良を出発して京奈和道から名神伊勢湾岸道、新東名のルート。

新東名に入り、最高速度が120km/hに設定されてることにびっくりした。と言ってもうちの車は軽自動車(nbox)なのでそんなに無茶はさせられず、100km〜110km/hの間でドライブを続けた。道路の幅がめちゃ広いせいかスピードを全然感じなかった。

岡崎SAで1回目の休憩。お昼は次のSAにしようかという話だったが、オムツ変えたりなんだかんだしてる内に長居してしまい、結局そこでお昼を食べることになった。美味しそうなイートインを全部無視して我々はSAの中にあるかごの屋に吸い込まれるようにして入った。落ち着いたところで食事がしたかった。

かごの屋で春ちゃん(息子、もうすぐ2歳)はお子様セットを、僕はそばと天丼のセットを、嫁さんは天丼のみを頼んだ。頼んだあとで僕のセットはそばではなくうどんにしたら、うどんがきしめんになったのだと気づいて、うどんの方がよかったかもしれないと、ちょっと思った。あと春ちゃんのお子様セットがアメリカンな車に模した容器に盛られて出てきて、大変楽しげであった。春ちゃんはご飯を食べながらなんとかその模された車を動かそうと必死になっていた。

結局岡崎SAには2時間ほどいた。出発すると到着予定時刻は18時になっていた。

給油とオムツ替えのため次に寄ったSAは駿河湾沼津SAであった。ガソリンは満タンにしてから奈良を出て、沼津の時点でカツカツというわけではなく、半分をちょっと切ったぐらいだったので、もしかしたら給油無しで神奈川までいけたかもしれないが、そんなチャレンジをする勇気も必要もどこにもなかったのでSAに寄った。nboxは高速だったらまあまあ燃費が良いみたいだ。20km/lぐらいは走るのかもしれない。
夕暮れ時で赤く染められた駿河湾がSAからよく見えた。嫁さんはリョウちゃん(第二子、2ヶ月)のオムツ替えのためSAの中へ、僕と春ちゃんは、春ちゃんの気分転換を兼ねてSAの裏手のドッグランのあたりを散歩した。散歩途中、春ちゃんが3連続でこけて、3度目の時に大泣きしたのでそれからは抱っこしてSAの中へ入った。

春ちゃんは最近こけることが多く、結構ド派手に、額からダイブするようにこけたりすることもあって、幼児てのはこんなものなのかなあと思っていたが、神奈川から帰ってコンバースの靴をニューバランスの靴に変えたらピタッとこけなくなった。どうも靴が合っていなかったようだ。

僕は中1の時コンバースのバッシュを買い、中2でアシックスのバッシュに履き替えた時に、靴の性能のあまりの違いに感動を覚えたことがある。バッシュを変えただけなのに速く走れる気がしたし、10cmぐらい高く飛べる気もした。以来、性能の面ではコンバースをあまり信用していない。見た目はかっちょいいから普段使いではよく履くが。

駿河湾沼津SAでは出がけに嫁さんがミニストップでソフトクリームを買って出発した。ミニストップでソフトクリームが買えるとは嫁さんから教えてもらった新事実であった。

あとは神奈川までノンストップ。18時過ぎに宿から電話がかかってきて、運転中だったので嫁さんに出てもらった。到着予定を17時と宿に伝えていたので現在どのあたりか確認され、さらに宿は江の島にとっていたが、江の島に入ってからの道がわかりにくいので江ノ島に入ったら必ず電話して欲しいということを宿から伝えられた。

湘南に入る頃にはもうあたりは真っ暗で海も何も分からなかった。宿は2泊とも素泊まりであったので、辻堂あたりのセブンイレブンで夜ご飯と酒をしこたま買い込んだ。春ちゃんの疲れがピークに達していて嫁さんに泣きついたり叩いたり、後ろの席は大暴れの模様で、運転するよりはるかに大変そうであった。

海岸沿いを走っているのだけど暗すぎてそれとはわからない道を走り続けていると、江の島へ渡る橋の交差点に「片瀬江の島」と書かれてあって、松本大洋および『ピンポン』の大ファンである僕はそれだけで大興奮した(辻堂あたりから興奮していた)。江の島は遠目からはなんだかよくわからない建物が白く光っていて、それでもやはり暗すぎるがために島の全容はわからず、島自体大きいのか小さいのかも分からなかった。江の島へ入ってすぐに屋台と飲食店が並んでいて、なんだかお祭りみたいだなと思った。ナビに宿をセットしてあったのでわざわざ宿に電話しなくても到達できるのではないかと思ったが、ナビに右折と言われた場所がとても右折できそうな場所ではなく、こんなところを行ってしまってはまずいだろうと思われたのでどうしようもなく宿に電話したところ、その行ってしまってはまずいだろうと思われた道がやはり行くべき道であった。正しい道とは一見して見えづらく、進んではまずいと思わせるものなのやもしれぬ。

細い道を通り抜けて宿へ到着。宿は江の島の恵比寿屋という旅館であった。宿に着いて案内してくれた仲居さんは、いかにも不慣れといった具合のお兄さん(といっても30代後半〜40代半ばぐらい)で、ボソボソしゃべるためにほとんど何を言ってるのかわからなかった。とりあえず布団だけを敷いてもらって、そこから飯。そして風呂。

風呂は大浴場で、春ちゃんは生まれてから1回か2回、スーパー銭湯には行ったことがあるが、まだ物心つく前でおそらく何も覚えておらず、脱衣所ではこれからどこに連れて行かれるのかと随分ビクビクしていた。風呂は2階で海に面した部分が一面ガラスになっており、本当であれば江の島の海が見えたのであろうけど、夜であったことと、結露のせいでほとんど何も見えなかった。春ちゃんはシャワーを浴びて湯船につかると、随分リラックスして、それでも僕の膝の間からは動こうとしなかった。疲れもかなりあったのだろう。2泊目の風呂の際は浴場内に我々しかいなかったため、湯船の中を歩き回って楽しそうだった。

風呂から上がって本当は江の島観光でも楽しみたかったが、我々には時間がなかった。なんといっても我々は3月から住む家を探しに来たのだ。悠長に構えていられる時間などない。風呂から上がって子を寝かせたあと、改めて物件の確認と内見の予約を行った。日が変わってもやっていた気がする。次の日午前中の内見予約をその日中に2軒取って、さらに午後から2軒、内見の予約申請を行って寝た。

8日は10時から1軒目の内見だったので朝ごはんを食べ、9時には宿を出た。1軒目の内見は鎌倉市の台という場所にある一軒家っぽいテラスハウス(向かい合わせに家がくっついてる)だった。家から最寄駅までは、湘南モノレール富士見町駅まで徒歩5分、東海道線大船駅まで徒歩15分。現在最寄駅まで25分であることを考えるとずいぶん良い。

江の島から富士見町まではひたすら湘南モノレール沿いを走った。春ちゃんは初めてモノレールを見たため、それが何なのか最初は分からないようだった。まあ、逆さにぶら下がるようになっているし、それが電車だと分からないか。しかし、やがてモノレールで電車が走るのを見るたび指さすようになった。
あと道中坂が多いと思った。30分足らずの行程で3度は坂を登ったり降りたりした。大阪ではあまり無い経験だ(山を越えるとはまた違う感覚)。

富士見町駅から細い路地を入って、内見予約の一軒家に着いたのは9時半。家のすぐ目の前に駐車場があって、そこに仮に車を停めて10時までその辺りをブラブラしようかと思っていたが、不動産屋さんがすでに来ていて、我々に気づいて近づいて来た。それで、10時よりは随分早いが内見させていただくことになった。

結果的にこの1軒目が最終候補に残ることになる。
まず駐車場が家の目の前にあることに我々は大変強く惹かれた。今住んでる家は駐車場が家から200メートルぐらい離れたところにあって、しかもエレベーター無しの5階に住んでるので、もうそれだけで外に出るのが嫌になる。買い物で重たい荷物を持って200メートル歩いてさらに5階にのぼる。階段で。それを考えると家の目の前に駐車場があって階段を登らずに家に入れるなんてのは天国過ぎてどうしようもないぜ。そして家の前にはかわいいポーチがあって、プチトマトを作ったり、ちょっとした家庭菜園を楽しめそうであった。

家の中に入る。内装はとても綺麗だ。1階に2部屋。2部屋とは言うものの一応仕切りがあるだけでつなげてLDKとして使うのが正しそうだった。キッチンもピカピカ、さらに風呂には風呂の中で温度調節できる機能付き(今の家には無い)。トイレはウォシュレット、階段下に収納スペース。さらにキッチン後ろにも地下に収納スペース。
2階にも2部屋。和室と洋室。洋室には2箇所広めの収納アリ。さらに我々を興奮させたのが和室の上にあるロフトだった。ハシゴが引き出せて登ってみるとなんとも楽しそうな空間が広がっている。大人が立つには厳しいが、座って勉強したり、そこで寝たりするには十分なスペースがあって、収納場所としてもいいだろうけど、子どもたちがロフトで遊ぶ様子を少し想像すると心が躍った。

強いて文句をつけるなら木造であること。二重のガラスになっているがそれでも寒いだろうし、同じ棟の向かい合わせになる感じでお隣さんが住んでいるので音も気になるかもしれないとのことだった。木造は音がよく響くとはこれまた嫁さんから初めて教えてもらったことであった。
それからもう一つはキッチンが対面式ではなかったこと。今まで対面式キッチンの家に住んだ事がなく、せっかくなら対面式キッチンの家に住んでみたいと思っていた。子どもができて、対面式キッチンのありがたさがよく分かった。料理をするのも洗い物をするのも、子どもが動けるようになったら邪魔されてしまうし、何より危ないキッチン周りに来て欲しくない。

内見が終わったあと、車はそのまま停めさせてもらって近辺を少し散策した。歩いて2分のところにローソン、5分でスーパー。駅も近いし立地は申し分無いのだが、だだっ広くて荒涼とした土地が近くにあったことが少し気になった。今住んでる場所を想起させたからだ。奈良はどうしたいのかよくわからない、ほったらかしの土地がたくさんある。
それから、別に汚いわけではないのだけど、なんとなく町の空気感が暗い気がした。こういうのは直感で入ってくるので言葉で説明できないのだが、なにか暗いと感じてしまうところがある。午前中の、それも晴れてる日なのに。

とは言え、他の条件が申し分無いので、この1軒目の家で決まってしまう気がした。前に借りたお家も1軒目に内見させてもらった家だったし、そういうものなのかもしれない。

続いて2軒目、同じく鎌倉市台の一軒家。一軒家ばかり探しているのは結婚してからずっとマンション住まいで、もうマンションはいいかな、という気持ちが僕にも嫁さんにもあったからだ。
2軒目は場所の雰囲気は1軒目より良かったが、中の、特に風呂とトイレが古く、早々に見切りがついて、あとは「不動産屋と一口に言っても色んなタイプがいるんだな」ということばかり内見の途中考えていた。1軒目は非常にしっかりしたおじさまで、必要なことを必要なだけスマートに伝えるタイプ。2軒目は飲むのが好きそうで、ノリと勢いで世を渡ってきたんだろうなというタイプ(個人の主観です)。それぞれの不動産屋で得られる情報は違っていて、2軒目の不動産屋からは主に大船駅周辺の事情について教えてもらった。飲み屋が多く、いろいろな路線のハブになっている(大船止まりのことも多い)ようで、若い人には人気が無いがいいところですよ、とのことだった。「若くてチャラチャラしたい人は藤沢へ行けばいいんですよ」と吐き捨てるように言っていたことも印象的だった。

内見が終わった後3軒目の14時半からの内見予約を電話で入れ、お昼ご飯へ。
お昼は大船駅近くのデニーズに行った。他のファミレスのお子様セットはとにかく肉とポテトの嵐だが、デニーズのものは野菜が入っていて、嫁さんには好評だった。コンビニで食材買って旅館内で食べるより、外で食べる方が色々気にしなくていいかな、と思っていたが、このデニーズでやっぱり外食の方が大変だと思い直した。とにかく春ちゃんがじっとしていない。あちこち行きたがるし、机の上のものを何でも触りたがるし、気に入らなければ水をわざとこぼすし、ご飯を集中して食べてる時以外は我々が嫌がることを的確にやり続ける。外食をゆっくり楽しめる日はいつ来るのかと、遠い目をしながらかき込むようにしてご飯を食べた。美味しいご飯を味わって食べる、ということがとにかくできない。子ができてから外食は「何も考えず、ただ何かを急いで口の中に放り込む行為」を指すようになった。夜はコンビニでメシを買おうと思った。

3軒目の内見は鎌倉の鶴岡八幡宮すぐ近く、「西御門」なる大層な地名のテラスハウス。物件を調べていてテラスハウスという文字をよく見るので何のことかと思っていたが要は長屋のことなんだな。
14時半からの内見でかなり余裕を持ってデニーズを出たつもりだったが鶴岡八幡宮付近はとんでもない渋滞が起きていて、結局15分ほど前の到着となった。それにしても1月6日は平日だったはずなのにあのように恐ろしい人手とは、『鎌倉殿の13人』の効果はあったとしても、普段ここで生活するのは厳しいかもしれないと、その時思わずにはいられなかった。

そして内見予約は現地集合で、ということでその家のある住所に到着したはずなのだが、その家がどこにも無い。そこには表札の掲げられた綺麗な一軒家があるだけだ。おかしいなと思ってあたりをグルグル車で回ってみたが、やはり無い。分からないので不動産屋に電話したところ、その表札の掲げられた一軒家の敷地内右手、家と塀との間に細い道が続いており、奥まで行くとそのテラスハウスが出てくるとのことだった。まあ何とも色んな家があるものよ。どうもその表札の掲げられた一軒家が大家らしい。

かつて京都に住んでいたときは母屋と離れのある家の離れだけを借りて暮らしていたが、その時のことを少し思い出した。京都でもやはり母屋の右手を通り抜けて離れに到着した。

14時半ギリギリに不動産屋が到着。渋滞に巻き込まれたのだろうか。テラスハウスは左右横並びに2棟つながっているタイプ。細い路地を進んで手前側には人が住んでいて、我々が内見予約したのは奥側の家だった。その家のさらに奥にはちょっとした畑があって、もしかして畑を楽しめるのではと思ったがそこは大家の土地らしく、大家が畑いじりを楽しんでいるとのことであった。

中に入る。暗い。庭は広げでいいが、とにかく暗いということをまず思った。聞くと南側に建っている家が最近になってできたらしく、それまでそこは駐車場で日当たりが良かったのに、その家が建ったせいで一気に日当たりが悪くなったらしい。そして1階ベランダの先に広がる庭も奥の畑までの通り道になっていて、時々前を大家さんが通るかもしれないと聞いた我々は一様に「それは嫌だな」と思ったのだった。2階もやっぱり日当たりは悪く、そのせいか2ヶ月その家の借り手が見つかってないそうな。鶴岡八幡宮の近くで周りも落ち着いていて、場所は悪くないのに借り手がつかないということはやはり日当たりが影響しているのだろう。もしかするとその家の前の借り手も日当たりが悪くなったので出たのかもしれない。日当たりは思った以上に家の印象を左右する。あと大家が庭先を時々通るのもきっと印象を左右する。

3軒の内見を消化した我々は、次の日内見する予定の藤沢、辻堂周辺を少しドライブして、やはり嫁さんが絶大な信頼を置くセブンイレブンの惣菜を購入して江の島の宿に戻った。多分風呂とメシを済ませてから、せっかく江ノ島まで来たのだから少しぐらいは観光を楽しもうということになった。

嫁さんがリョウちゃんを抱っこし、春ちゃんは歩けるとこまで歩かせてあとは僕が抱っこする算段で宿を出て、江の島神社の階段を登り始めた。春ちゃんは頑張って一番上まで登ったが(確か若いお姉ちゃんが横を通るたび発奮してた気がする)、そこでへばってしまい、あとは僕が抱っこして下まで降りた。途中若いカップルのしゃべる声が聞こえてきて、当たり前だけどその言葉が標準語であることにアウェイ感のようなものを感じた。

僕はすぐに言葉がうつってしまうタイプなので外では標準語になるだろう。だけど家の中ではなるべく大阪弁で話して、春ちゃんもリョウちゃんもどちらも話せるようになったらいいなあ、と今は思っている。

江の島神社から下まで降りて、ちょっとぐらいお店をのぞこうか、となった。僕は結構お腹がいっぱいだったのでやっぱりメシを食べてから出たんじゃないかと思う。数少ないご飯屋さんの中から、嫁さんははまぐりラーメンが食べたいと言ったので、お土産屋さんとご飯屋さんが一体化したような施設に入り、はまぐりラーメン一杯のみを注文した。僕も結局半分ぐらい食べさせてもらって、ハマグリももちろん美味しかったのだが、それより何より一緒に入っているあおさがガンガンにスープに効いていて、素晴らしい効果を発揮していた。普段ラーメン屋に入ってももう一度食べたいな、とはあまりならないのだが、この江の島のハマグリラーメンは機会があるならもう一度食べたいと思った。
それから外に出て熱燗を一発買って飲みながら帰った。観光っぽいことができたのはこの一瞬だけであったが、この一瞬があったかどうかで江の島含め、今回の旅行の印象が大きく変わっただろうから、少しの間でも江の島を堪能できて良かった。

宿に帰ったあとは初日のリプレイで、子を寝かせたあと我々は血眼になって新たな物件を探し始めた。と、前日出てなかった物件が1軒出ていた。一軒家で、面積も今まで見た中で一番広く、しかも駐車場まで付いている。すぐに内見予約のメールを送り、もしかするとそこに決まるのではと予感しながら眠りについた。

そして最終日。前日夜に内見予約した一軒家とは別に、僕が神奈川に来る前から目をつけて嫁さんに打診していた家があった。ネットで一番初めに見つけた家だ。しかしそこは前に住んでた人が出たところで中がボロボロになっており、クリーニングもまだ入ってない状態で、それでもよければ一応内見することはできる、と不動産屋から連絡があった。一応見させてもらおうかと、不動産屋とのやり取りで最終日午前11時から内見させてもらうことになっていた。しかし、そこは期待薄であった。

それより何より前日子を寝かしつけた後に見つけた一軒家である。その一軒家に運命のようなものを感じて、しかし前日深夜に内見予約のメールを送ったところなので早朝に返信はなく(不動産屋の営業は午前10時からだった)、朝9時ごろ宿をチェックアウトした我々は外観だけでもその家を見ておくことにした。その前に少しだけ江ノ島をドライブした。グルッと一周回るつもりだったが、すぐに南の端で行き止まりになり、何も楽しめなかった。江の島ってめちゃくちゃ小さいんだ。我々はすぐに江の島をあとにした。

件の一軒家の場所は藤沢駅から少し東に入ったあたり、周辺をドライブしてみて、しかしなんだろう、今ひとつ魅力を感じなかった。藤沢駅周辺もドライブしたが、なにかわからないが良い予感がしない。このあたり、先に出た直感が大きく作用してるので説明しにくいが、つまりざっくりとした言葉で言うと「おもんなさそう(面白くなさそう)」なのだ。
実際にその一軒家の目の前まで行ったが、何か違うと感じるのは全てその「おもんなさそう」が起因している。家は広いかもしれない。でもおもんなかったらそんなのは何でもない。おもんなかったら意味がない。家が広くても家賃が安くてもそんなのは関係ない。おもんなかったら全てが台無し。
そのおもんない感をビンビンに感じてしまう。昨夜ピンと来たあれはハズレだったのか。と言っても内見もしないうちから全てを決めてしまうのはあまりに早計なので、しばらく藤沢周辺をチョロチョロして、それから不動産屋に電話を入れた。ところが、不動産屋から帰ってきた答えは「まだ人が住んでるので内見できない」だった。

ガックリと来たが、しかしオンライン内見という手もある。昨夜のピンと来た感覚をまだ信じたい気持ちが残っていた僕は、そのまま電話でオンライン内見の手続きについて話を進めた。と、不動産屋が他にも紹介できそうな家があるかも、みたいなことを言ってきた。ちょうど不動産屋の店舗の近くにいて、次の内見までまだ少し時間があったので直接不動産屋に寄ってみることにした。

が、不動産屋で出てきたのは、ボーッとしたとっぽいお兄ちゃんで、提案してくる物件は全て的外れなものばかりだった。いや、家族4人で住む言うとるやないかい。ほんでそこまで金出されへんとも言うてへんやないかい。なんで1DK勧めてくるねん。ていうかその内見できなかった一軒家を参考に提案したらええのに、なんで家賃も広さもちゃう感じのとこ出してくるん?
みたいなことを考えてると春ちゃんが泣き出したので、それを理由に不動産屋を退散した。嫁さんはそのずっと前、店に入って10分もしないうちに不動産屋に見切りをつけたのか、リョウちゃんと店を出ていた。このお兄ちゃんのおかげ?で一気にその内見できなかった一軒家に対する期待がしぼんでしまった。

家はもちろんその家の魅力が一番大事だけど、それを紹介する不動産屋の人柄とか頭の良さとか不動産に対する愛とかも大事だ。実際、その不動産屋の力量如何でその物件が魅力的に見えたり、今回のようにつまらなく思えてしまったりする。

藤沢の不動産屋で何かよくわからない体力を使った我々は少しゲンナリしながら最後の内見予約に向かった。時間的にもそこで最後にしないときつかった。昼を過ぎて家を見て回ると奈良に帰るのは日をまたいでしまう。

最後の内見は藤沢市藤沢市藤沢市でも海の近く。いわゆる湘南地域。しかし、そこは中がボロボロになっているというので、もはや期待はしていなかった。予約してしまったので一応見ておこうかというだけだった。その時点で、一番初めに見た大船の一軒家でほぼ決まりだろうと僕も嫁さんも思っていた。だから、最後の内見を消化したら、もう一度大船の、その家の周辺をよく散策してみよう、と嫁さんと話をしていた。

現地に着く。藤沢の不動産屋を逃げるようにして出たので時間的に随分余裕があった。11時からの内見予約で多分10時半前に着いたんじゃないかと思う。当然不動産屋はまだきてない。車の外に少し出てみる。

ん?あれ?なんか良くないか?
何がと問われて答えることはできないが、何かいい。こういうのは言葉では説明できない。何かが良い、何かが悪い。その場に立ってみて初めて感じることで、それもただ感じるだけで理屈ではなかなか言えない。
強引に、強いて答えるなら光の量が多いと感じた。その日も、その前の日も、ずっと晴れていたが、特にその場所は光が多いと感じた。

30分不動産屋を待つのもなんだなあと思っていると、嫁さんがお手洗いに行きたいと言ったので、近くの商業施設に行くことにした。車で5分とかからない場所にそこはあって、しかも割に落ち着いた雰囲気だった。
おいおい、と。なんだかこの辺いい場所なんじゃねえか、と。最も期待してなかったその場所に、突然トキメキのようなものが芽生え始めた。ある、もしかするとココはあるのかもしれない。

内見予約の家に戻ると一人女性が立っていて、我々に気づいて近寄ってきた。そこを案内してくれる不動産屋だろう。少し、意外な気がした。
今まで生きてきた中で出会ってきた不動産屋、と言って嫁さんと結婚してからしか不動産屋にはお世話になっていないが、僕が出会った不動産屋は全て男であった。店舗内でも女性の不動産屋は見たことは多分ない。

『ひらやすみ』という超ウルトラスペシャルイケてる漫画を1巻から宝物を買うようにして購入しているが(それも松本大洋先生が推薦のコメントを書いていた影響)、そこでも女性の不動産屋が出てくる。その漫画の不動産屋が突然目の前に出てきたような印象を受けた。

春ちゃんが車の中で眠ってしまっていたので、最後の内見だけは4人全員で、というわけにはいかず、僕と嫁さんどちらか一人車の中に残って、一人ずつ内見する形を取った。先鋒は僕。

その家はハイツの1階で、僕は今までハイツというものに興味を持ったことはなかったし嫁さんも興味無いと思っていたのだが、実はハイツに興味がある、むしろ住んでみたい、とは僕が神奈川で家を探し始めて初めて嫁さんから聞かされた事実だった。嫁さんの友人がハイツの1階に住んでいて洗濯物の下着を盗まれたことがある、という話を聞いてから、勝手にハイツには興味が無いんだろうなあと思い込んでいた。

今住んでる家はエレベーター無しの5階。そのハイツは1階。それだけで十分なアドバンテージだが、さらにそのハイツにはちょっとした庭がついていて、ビニールプールぐらいなら十分楽しめそうだった。それも1階に住む人だけの特権だった。いい、とても良い。

中に入ると、メールで言われた通りボロボロになっている。壁紙が汚い。汚い上にところどころ破けている。床も傷がいっぱいついている。キッチンも汚い。クリーニングが入っていないから、ということもあるが真っ黒になっているし、なんかベコベコとところどころへこんでいる。収納の棚も歪んでいる。トイレのウォシュレットは古過ぎて使えそうにない。風呂の床の黒ずみ、洗面台のカビ。何もかもが汚い。

しかし、それを覆して何かわからない良さがある。トキメキがある。ここで暮らすことを想像して、どうしても心が弾んでしまう。これも直感だ。不動産屋もここからリフォームが入ることを想定してください、と言っている。僕の腹は決まってしまった。ここだ、ここ以外に無い。

嫁さんとバトンタッチして、その際に「めちゃくちゃ良いよ」ということを言って車の中で嫁さんを待った。

すぐに戻ってくるだろうと思っていたが、長い。なかなか帰って来ない。待つ方は長く感じるものなのかもしれないが、それにしても長い。そうしてる間に春ちゃんも目を覚まして、車の中で暴れ出したので外に出さざるをえなくなった。もしかすると家があまりに良すぎて不動産屋と会話が弾んでいるのかもしれないな、なんてことを考えていると嫁さんと不動産屋が内見を終えて帰ってきた。

「どうだった」と聞く前から嫁さんの顔が暗かった。実に、楽しくなさそうである。
あら?と思いながら感想を聞くと
「家(の間取りや、庭感)はいい、しかしいくらなんでも中が汚すぎる」
との解答であった。

どこまできれいになるのか、という話も嫁さんは突っ込んできっちり聞いたようで(さすがです)、不動産屋の解答は、そのハイツに関しては最近大家が変わったところで、どこまでどうなるかはこちらも読めない、とのことであった。

僕としてはココまでボロボロなんだから人が住めるようにかなり手を入れるだろう、と勝手な予測をしてたのだが、不動産屋によると、大家によってはどれだけ汚くても使えるのだから汚いまま壊れるまで使ってもらおう、と考えるタイプもいるそうな。

なるほどそんなこともあるのかと、しかし僕はその家をめちゃくちゃ気に入ってしまったのでどうにかしてその家で決めたい一心であった。しかし、嫁さんからするとちゃんときれいになるのであれば良いが…とそこは譲れない。確かにこの不動産屋の話を聞いてしまうとリフォーム内容は運任せ、まさにギャンブルだ。ギャンブルみたいな人生を送っていると不動産までギャンブルになるのか。実に、まいった。
平行線をたどる我々に不動産屋が一つの提案をした。

僕があらかじめ法人契約でお願いしたいということを伝えていたので、「法人契約には時間がかかる。それを逆手に取って一応この家で契約する体で押さえておき、リフォーム内容が確定するまで契約をのらりくらりと先延ばしにし、最終的に契約するかどうかはリフォーム内容を見て判断するということでどうか」と。

僕は「その手があったか!」と手を打って喜び、嫁さんも一応その提案で納得した(多分に不安そうではあったが)。こうして曲がりなりにも(曲がりまくっているが)、家を決めた我々は、もう一軒目の家の周りを見る必要も無くなったので(嫁さんはまだ未練がありそうだったが)、代わりに今決めた湘南の周辺を散歩することにした。

近くには結構広い公園があって、しかしそれでいて人はあまりおらず、子連れのお母さんとファミリーが2組か3組ほどいるだけだった。ちょうど春ちゃんと同じか少し上ぐらいの女の子がいて、春ちゃんは例によって可愛い女の子のまわりで遊びたがり、しかもその女の子のお母さんは随分フレンドリーそうな方であったので、これはナイス!とばかり、春ちゃんとその女の子がしばらく遊んでいる体でいるのを見届けた後(実際には春ちゃんはその子の後ろをついて回るだけだった)、そのお母さんに「この辺りは住みやすいですか?」と僕と嫁さんでたずねてみた。

答えはYES。めちゃくちゃ住みやすくて、しかもこのあたりは神奈川にしては珍しく平坦なので自転車があれば無敵になれる、と追加情報もいただいた。僕はこの時、ここに住むことになったら電動自転車を絶対に買おうと心に決めた。嫁さんが電動自転車の前後ろに子を乗っけ、僕はロードで共に海岸沿いのサイクリングに出かける。そして江の電を見て帰る。なんて素敵なピクニックコース。
そのお母さんも関西からの移住組で、東京に住んだ後、子どもができたのをきっかけに湘南に移り住んだそうな。ここに移って良かった、と心底そう思ってそうな表情で我々に言ってくれた。

やはり俺の直感に間違いはなかった!と僕は勝手に確信を深め、嫁さんもその話を聞き、さらに春ちゃんが公園で楽しそうに走り回っているのを見て少し安心したようで、その公園を後にした我々一行はようやく帰路についた。

帰りはリョウちゃんのオムツのストックが切れてしまい、サービスエリアにはSサイズのオムツが売ってなかったので、しょうがなく途中静岡で高速を降りてドラッグストアに寄った。それ以外は特にトラブルなく、僕も最初少し眠かったが途中からなぜか目が冴えて、この神奈川家探しの旅の全行程を僕の運転で終えることになった。車内では見て回った一軒一軒の家の特徴が思い出され、一番最後の家が良いと決めてきたものの、しかしやはり一番最初に見た家も捨てがたいと、あっちが立てばこっちが立たず、どちらも一長一短で嫁さんと話すうちどちらが良いのか分からなくなってしまった。

確か浜松で夜ご飯におでんを食べたんじゃないかと思う。おでんコーナーが設置されてあるサービスエリアは初めてだった。春ちゃんは疲れのせいかご機嫌斜めで、静岡でオムツを買いに降りたあたりでは随分暴れていたが、この浜松を過ぎてからはぐっすり眠ってしまった。かなりの強行日程だったがよくがんばってくれた。家に着いたのは23時ぐらいだったのではないだろうか。

帰ってから数日後、嫁さんは大学の友達数人(皆お母さん)との寄り合いに出かけ、そこで大船の家がいいか、湘南の家がいいか聞いてみたところ、満場一致で皆湘南の家がいい、と答えたそうな。家はどのみち汚れるし、周りの環境だけはどう頑張っても変えられないから、がその理由で、僕はそれを聞いて非常に納得がいった。確かにその通りだ。

僕は幼い頃山のふもとで育った。そこでの記憶は皆美しいものばかりだ。10歳の時、東大阪の少しゴチャゴチャしたところに移り住んだが、そこはいわゆるガラのそんなに良くない場所で、言葉も含めあまりの環境の違いに最初戸惑ったのを覚えている。それでもそこでどうにか10代20代を生き抜いてきたが、もし幼い頃の、山の近くの広々としたところで過ごした記憶が無かったなら、僕の幼少期の思い出は随分しんどいものになっていただろう。その思い出が無いために、きっと大人になって、精神的にきつくなっていただろう。幼少期の思い出は精神のゆとりに大きく影響する。これは僕の実感だ。思い出を差し替えることはできない。その思い出が形成される環境は何より大事だ。
環境を変えることはできないという嫁さんの友人のアドバイスは僕には深く響いて、湘南で良かったのだと改めて思い直した。



そして一昨日、不動産屋からリフォーム内容を知らせるメールが届き、僕と嫁さんは静かに喜びを分かち合った。

我々は、ギャンブルに勝ったのだ。