ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。不定期更新です。

大塚国際美術館へ行った

2018年6月16日朝8時、レンタカー屋さんへ車を取りに行く。利用したのはオリックスレンタカー。24時間で免責保障ついて5000円ちょっと。安くないか?
コンビニでサンドイッチ他、朝ご飯買い込んで出発。嫁さんと久々のドライブデートだ。
目指すは大塚国際美術館。僕も近頃絵を描くようになって、やはり一画伯として世界の名画に触れておかねばなるまいと、嫁さんは既に一度行ったことがあると言ってるにも関わらず、僕のごり押しで目的地が決まった。レプリカとはいえ、ものすごい数の世界の名画を実物大で見られるというのはとても魅力的だ。
ダ・ヴィンチにミケランジェロ、シャガールにクレーにピカソ。待っていなさいよ、すぐに行くから。

梅雨の晴れ間というのだろうか。良すぎる天気の中、快調に車は進む。明石海峡大橋を越え、大鳴門橋を越え、11時には徳島へ。途中淡路島を友人と二人、自転車で一周したことを懐かしく思い出し、さらに良い気分になった。

大塚国際美術館は橋を渡ってすぐのところにあり、徳島の中心部からは少し離れている。昼ごはんをどうしようか、と嫁さんと相談しながらラーメンがいいとか、うどんがいいとかお互いに言っていたが、どうにも美術館の周りにそれっぽいところはなく、徳島の中心部まで行くような時間は絶対に無いと嫁さんが言うので、美術館の中で食べることにした。僕はこの時、1時間ぐらいかけて徳島の繁華街まで行って帰ってきても13時過ぎには帰って来られるのだから、時間が無い、ということはないだろうと少し奇妙な感じがした。美術館は17時までやってるのだし、2時間もあれば見て回れるのではないのだろうか、そう嫁さんに言ってみようかと思ったが、なにせ向こうの方が美術館に関しては大先輩の大ベテランなので黙って身をゆだねることにした。結果的に嫁さんの言うとおりだった。大塚国際美術館は普通の美術館ではなかったのだ。

美術館の駐車場は美術館からは1kmほど離れた海岸沿いにあって、くそ暑い中この距離歩かなきゃならんのかと思ったが、ちゃんと駐車場からシャトルバスが出ていた。
バスを降りてチケットを買う。なんと大人一人3240円。たけえっ!高すぎんぞ!美術館って普通2000円弱じゃないの……嫁さんに確認を取ったところ、確かにそれはその通りだが、この美術館は普通ではないし、置いてあるものの量が違いすぎるからしょうがない、とのこと。
うーん、そうなのか。さっきから何だかモヤモヤすることが多いなあ。

美術館に入るといきなりめちゃめちゃ長いエスカレーター。地上が地下5階ということになっていてそのエスカレーターで地下3階まで行く。
地下3階に上がっていきなり度胆を抜かれた。目の前にシスティナ礼拝堂が現出している。おいおい、実物大ってこういうのも実物大でやってんの。すごない?すごすぎない!?
システィナ礼拝堂内部に描かれるミケランジェロの最後の審判はでかい、とにかくでかい。絵がうまいとかうまくないとかそんなことはどうでもいいんだとこの瞬間に僕は悟った。圧倒的な大きさのものを目の前にした時、人は言葉を失ってしまう。心揺さぶられてしまう。実物大のミケランジェロの壁画に囲まれて、僕は震えるほど感動した。いきなりこんなものをぶち込んで来るとは、焦るぜ大塚国際美術館。

でかいことはいいことだとこの時悟った。

しばしの時をシスティナ礼拝堂の中で嫁さんと過ごし、それから地下3階を見て回り始めた。お昼ご飯は地下3階を見てから、ということになった。
システィナ礼拝堂のミケランジェロから、フェルメール、エル=グレコ、古代に中世……次々に絵を見て回るもしかし、この地下3階が全然終わらない。最初、気になったものは説明文を読んだりしていたが、途中からその元気も無くなり絵をざっと見るだけになっていった。しかしそれでも終わらない。永遠の狭間に落とされたのではないかと、身も心もヘロヘロに疲れ果てた頃にようやく一通り見終わった。とその時は思っていたが、家に帰ってからまだまだ見ていないところがあることに気が付いた。
地下3階を見た時点で嫁さんの言うことがよくわかった。とにかく量が尋常ではない。この美術館の持ち物を全部じっくり見ようなどとは間違っても思わないことだ。一日かけてもそんなことはできない。自分の目当てとするものを予め決めておいて、焦点を合わせておくのが吉だと思った。

地下3階にあった嫁さんお気に入りの絵。真ん中に横たわった魚が良い。地下3階にはその人だけが好きな掘り出し物もある。

地下3階地獄を抜け出した僕たち二人は、お昼ご飯を食べに1階別館のレストランへ向かった。僕は海鮮丼を、嫁さんは鳴ちゅるうどんなるものを注文した。会計は2200円。
腹ごしらえをしたところで僕は、地下3階地獄の疲れも手伝って急激に眠くなってきた。このままではあと4フロアの絵を楽しく見ることはできない。嫁さんにお願いして館内のベンチで少し眠らせてもらうことにした。レストランから美術館1Fに向かったヘロヘロの僕は、館内に入り目の前に現れた絵にまた度胆を抜かれた。ピカソのゲルニカだ。
でけえ、これも思ってたより全然でけえ!!
サイズが圧倒的に違うと同じ絵でも全く違ったものに見える。教科書で見ていたゲルニカと全然別物だと、実物大を見てドキドキしながら思った。やっぱり巧拙じゃない、何か気合いとか根性とかそういうものがほとばしってるように見える。「偉大」と呼ばれるものは全てサイズもでかいんじゃないかと思ったほどだ。

でかいことは偉大なことでもある。この写真では偉大さがまるで伝わらないが。

そのゲルニカの前におあつらえ向きにソファが据えてあり、しかも日陰になっているのでゲルニカを眺めながらそのソファで10分ほどの眠りに落ちた。途中隣のおじさん二人がピカソについて何かを語っていた。多分ピカソは余計な線を描かず1本の線で絵を描き上げるとかなんとか、夢うつつでそんな話を聞いた気がする。それが本当だとしたらピカソってのはとんでもない。そんなのは人間技じゃない。

目が覚めて、随分と頭もスッキリして、地下2階へ。ルネサンスとバロックのフロア。
キリストに次ぐキリストに次ぐキリスト。このフロアの印象はとにかくそれ。あまりのキリストの多さにキリスト酔いした。しばらくキリストの絵は見たくない。
あと印象的だったのはダ・ヴィンチのモナ・リザ。思っていた絵と全然違った。僕はずっと、モナ・リザは冷たくて気持ちの悪い絵だと思っていた。
でも大塚国際美術館のモナ・リザはすごく優しくて、暖かな絵だった。不思議だ。教科書で見るのと同じはずなのに。なんでこんなに違うんだ。吸い込まれそうな感じがして、この絵ならずっと見ていられると思った。ちなみに僕は高1の頃、ほとんど初対面の女の子から「モナ・リザに似てるね」と言われたことがある。モナ・リザに似てることが良いことなのか悪いことなのか分からなかった僕は、多分うんともすんとも返事をしなかったように記憶している。にも関わらず結局その子は、高校の3年間、僕のことをひたすら「リザ」と呼び続けた。本当に似てると思っていたのだろうか。嫁さんにこの話をしたところ「似てない」と言われた。

地下1階へ。なんだか階層が上がる度心が晴れやかになっていく気がする。この階へ来てようやくキリストから解放された。
地下1階は素敵な絵だなと思える絵がたくさんあった。印象に残ったのはモネの絵。近くで見ると落書きみたいでかわいい。遠くで見るとはかなげで、しかしやっぱりかわいい。
地下2階できれいで上手で正確な絵ばかり見せられたので、この地下1階で見る絵はどれも自由で開放的な印象を受けた。同時に、素敵な絵というのは不思議だとも思った。地下2階で上手で正確な絵を見せられても心は全然動かなかったのに、この地下1階の絵の、ウキウキとするような感じは一体どういうことだろう。欲しいな、と思える絵がこの地下1階から上にはたくさんあった。この美術館に来てから何度も思ったことだが、うまいとか下手とかじゃない何かがそういう絵には宿っているのか。

クリムトの絵。MAXロマンティック。地下1階楽しすぎ問題。

地下1階を見終わった時点で今度は嫁さんが眠気に襲われ始めたので、ケーキとコーヒーを頂きに地下2階、モネの庭に向かった。睡蓮を眺めながらしばしの休憩。時間はすでに16時前になっていた。

最後の一踏ん張りで1階と2階を見て回る。現代美術の階層。抑圧から開放へ、闇から光へ、大塚国際美術館はやはりわざとそういう順序になっているのかな。地下から上がってきて中盤以降、気分としてもどんどん楽しくなる。
嫁さんはシャガールとクレーが好きみたいだったけど、残念ながらその二人の絵は少なく、特にシャガールの見たかった絵が無かったみたいで、少し気落ちしていた。クレーの絵の前で写真をパチパチ撮って気分を直す。

クレーの絵。大変かわいい。

僕にはピカソの青い自画像が記憶に残る絵となった。ピカソの自画像は別にでかくはなかったけど、あまりにも「暗い」のでビックリした。とんでもなくダークネス。でも怖くも気持ち悪くもない。とても静かな絵だと思った。

一通り全て見終わったところで、嫁さんが地下3階にまだ見ていない素敵なところがあるから是非行こうと言うので再び地下へ向かった。閉館前でほとんど人がいない中、嫁さんが連れて行ってくれたのはスクロヴェーニ礼拝堂というところで、天井に星が散りばめられたフレスコ画の描かれた建物だった。
誰もいない礼拝堂内でベンチに座る。かすかに教会音楽が聞こえてくる。嫁さんと二人きり、深い青の天井を見上げたまま、何もしゃべらないで、10分ほどの時を礼拝堂で過ごした。
このスクロヴェーニ礼拝堂は、今回の旅行のハイライトになった。

帰りにどこかで器を見て帰りたいという嫁さんの希望も虚しく、徳島でも淡路でも、大体の器屋さんは午後5時か6時で閉まってしまうので、大人しく適当なところで温泉に入って帰ることにした。

夕暮れ時の淡路島の海は白に薄い青を混ぜたような色だった。そこに夕焼けのオレンジが溶けだしている。輝く海と、暗く沈んでいく景色の中を僕らの車は走った。まるで僕と嫁さん以外、この世界から消えてしまったみたいだった。

寿司を食べ、温泉に入って家に帰ると深夜2時半だった。